ハリボテロミオの夏の夢

「何勝手なことしてるんだよ!アル!!」

「だってチャンスじゃないですか!」

「チャンスって……それはアルたちにとってだろ!?僕はもう演劇はやらないんだって!!!」


家に帰るや否や、僕はカバンを投げ捨ててアルを引っ掴む。
イデがしでかしたことも最悪だったけど、まさかそれ以上に最悪の事態になるなんて、誰が想像しただろう。


「でも、あのジュリエット……朱里さんから直々の指名ですよ?」

「本当にね!朱里さんも朱里さんだ!なんだって僕に代役なんて……!!!」


これも訳がわからない。
朱里さんも、一体何を考えてるんだ。
僕はただの照明係だっていうのに。


「あぁ、もう!テメェ、他の奴らがここまで作ってきたもんをぶち壊す気か!前にテメェが言ってたんだろ!!みんなでここまで作ってきたもんをぶち壊したくないって!」

「それとこれとはまた違うでしょ!」


怒りがおさまらない。
確かに、イデのいう通りではある。

でもそれは、僕が舞台に立つことを前提にしていない。
あくまで僕は裏方として、みんなを支えるつもりだったんだ。

それなのに、

それなのに……!

言い合う僕らを、レテはただただ心配そうに見つめていた。


「ねえ、玲央……」


僕の方を見上げて、レテが優しく声をかける。


「玲央はなんで、役者になるのをやめちゃったの?」

「……」

「僕ね、昨日玲央が僕のこと演じてるのを見て、すごく嬉しかったんだ。玲央は演じることがとっても好きなんだってわかったから。……でも、だから知りたい。なんで、こんなに演じることが大好きなのに、玲央はやめちゃうの……?」


ゆっくり言葉を選びながら、レテが僕に問いかける。

……それは。

僕はそっと、アルを床に下ろした。
そう、だね。
ここまできたら、みんなにはちゃんと話さないと、いけないよね。


「それは……僕が昔、みんなで作り上げたものを……ぶち壊しにしたからだよ」


ぽつりぽつりと、僕は話し始めた。

それを最初に痛感したのは、5歳の時だった。
物心つく前から、すぐ近くに演劇がある生活を送っていて、自然と演劇が好きになった。
だから、自分も役者になるものなのだと、そう思っていた。

それは周囲も一緒で、『ハリウッド女優、滝 彌生の息子』そんな肩書きのせいで期待値はどんどん膨らんでいった。

それもあって、僕が5歳の時に映画の出演が決まった。

父が監督をしていた映画、そこに出てくる子役として、僕が抜擢されたのだ。
抜擢と言いても、二言三言セリフがある程度のちょっとの役だ。
それでも、その時の自分は嬉しくて仕方なかった。

まだ字が読めなかったので、仕事の合間に父と母にセリフを教えてもらって、自分でも練習をした。
本番で間違えないように、何度も何度も。
僕ならできる。大丈夫。本番直前まで自分にそう言い聞かせた。

……全部、無駄だったんだけどね。


「スタート!」

「っ……!!!」


父の声がそう響いた瞬間、僕の頭は真っ白になった。
周りには、たくさんの大人の眼。

眼。

眼。

眼。

そして、じっと……。
ただまっすぐ僕を見つめる、無機質なカメラ。

みんなが、僕を見ている。
その恐怖が、今でも忘れられない。


「あっ……ッ」


出かかった言葉が、音にならないで喉に溜まる。
そのせいで、うまく空気が吸えない。
喉がカラカラに乾く。
胸も苦しい。

何か言わなかきゃ。

何かっ……!!


「カット!!」

「ッ……!はぁ……はぁ……」


その声で、初めて自分が息を忘れていたことに気がついた。
手は汗でびっしょりで、やたら体が寒かったのを覚えている。

その後、休憩を挟みながら何回か撮影にチャレンジしたけれど、ダメだった。
一度植え付けられた恐怖は離れることなく、むしろ一層その強さを増していく。

最終的にその日は別の撮影に切り替わって、僕がする予定だった役も、別の子が代役としてでることになった。
……それが、蘭くんだ。

僕はといえば、それから保育園の学芸会なんかにでる機会もあったけど、練習では上手くできるのに、本番のたびに固まってしまって使い物にならなかった。

するとどうなると思う?
期待が、一気に失望に変わるんだ。
母はすぐに僕を見限って、それまでの拠点だった日本を離れてハリウッドへ行ったし、父もそれについて行った。
周りも、すぐに僕のことを『瀧 彌生の息子』という目で見なくなって、世間からも忘れ去られた。

だからもう、舞台には立たない。

立ちたくない。

いや、


「……立ちたくても、立てないんだよ……」


僕は、なんとか声を絞り出した。


「……そうだったんだね。ありがとう、話してくれて」


そう言って、レテは僕の頭を撫でてくれた。
ふわり。柔らかい。


「舞台で緊張するってのは、まぁあることだが……ここまで筋金入りとはなぁ」

「すみません。玲央、事情を知らずに……」

「僕も、もっと早くちゃんとみんなに話せばよかったね……ごめん」


頭を撫でるレテを、僕は抱きしめた。
そしてそのまま、ぺしょんと耳をたらすアルの頭を撫でる。三匹の中で、一番撫で心地がいい。


「でもどうすんだ?もう玲央が出ることになっちまって……」

「それですが……本番は玲央の代わりに私が出ます。玲央には申し訳ないのですが…体を貸してください」

「……」


本音を言えば、体を貸して出ることもしたくない。
でも、さっきイデが言った通り、みんなが一生懸命作ってきた舞台を、ぶち壊しにもしたくない。


「……わかったよ」


今回で最後だから。
そう、約束をして、僕はアルに体を貸すことにした。
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