ハリボテロミオの夏の夢

前日に三匹と相談して、アルと入れ替わるのは公演の直前と決めていた。
場所も、誰かに見られている場所ではない方がいいだろうということで、人気のない物置に集合することにしていたので、僕は約束通り物置の扉を開ける。
そこにはもう、三匹が集まっていた。


「おせぇぞ、玲央」

「玲央、顔色悪くない?」

「大丈夫ですか?」

「……」


僕に話しかける三匹に、僕は言葉を返さなかった。


「すみません……玲央、でも……いきましょうか」


そう言って、アルが僕の手の甲をとってキスをしようとする。
でも、


「ッ……?!玲央ッ?!」


僕はその手を払いのけると、三匹まとめて物置に置いてあった木箱を被せて、その上に座った。


「玲央、てめぇ!!!出せ!!!!」

「玲央ぉ?!」


突然の出来事に、三匹は箱の中でガタガタと騒いでいる。
でも、ごめん。こうするしかないんだ。


「……ごめん。僕、やっぱりアルに身体を貸せない……」

「そんな……っ?!」

「はぁ?!テメェ、今更何言って……!!!」

「だって!!!だって……アルに身体を貸したら、僕が演技できることになるじゃないか!!!」


事情を知らないみんなは、きっとそう思うだろう。
そうなったら……また演技しろって、舞台に立てって……そう言われるに決まってる。

みんなの力を借りたら、きっとできるよ。
みんな、無茶苦茶演技上手だったもん。

でも……でもさ、そんなの……虚しいじゃんか。

本当の僕は、舞台に立てないのに、みんなの力を使って舞台に立つなんて。

だから、身体は貸せない。

僕は……

僕は……っ!


「僕はこのまま……舞台に立てない奴のままでいるのが、一番いいんだ……」


木箱に座ったまま、僕は膝を抱える。
これでいい。
これで、いいんだ。

今日の大会は棄権になるだろうし、僕はみんなからめちゃくちゃ言われるだろう。
でも、それで自分を守ることができるなら、そっちの方がいいに決まってる。


「……何言ってやがんだ。テメェ一人のわがままで、舞台を台無しにする気か?」

「……そうだよ」

「ッ……!」


僕の返事を聞いて、イデはガッと、力任せに木箱を蹴った。


「おい玲央!テメェにとっての舞台は、そんなもんなのかよ!違うだろ!!!」


怒りに任せて、イデはありったけの声で僕に怒鳴りつけた。


「まだ数日しか一緒にいねぇけど、お前舞台が好きで好きでたまんねぇんだろ!?一緒にいたら嫌でもわかるわ!好きなのに諦めようとして、なんなんだよ!?好きなら諦めんじゃねぇよ!!!」

「ッ……!諦めるに決まってるだろ!!!」


僕もつい。声が大きくなる。


「あぁ、そうだよ!イデのいう通り好きだよ!舞台が!!舞台が大好きだよ!わかってるよ!自分でも諦めたくないんだ!でも、でも無理なんだ!観客が怖いんだ!みんなが期待を込めて僕を見つめる、あの眼が怖いんだ!!」


一気に言い切って、息が切れる。
倉庫の中に、僕の息遣いだけが聞こえた。

そう。怖いんだ。
どんなに練習したって、あの期待のこもった眼を向けられると、そのプレッシャーに押しつぶされてしまう。
どうしようも、ないんだよ……。

ぎゅっと、僕はより一層膝を抱えこんだ。


「……ねえ、玲央……」


話を聞いていたレテが、静かに言う。


「今日、舞台の上に必要なのは……誰?」

「え……?」


突然の問いかけに、言葉が詰まる。
今日、この舞台の上に必要な人……。

それは……


「そんなの、蘭くんに……」

「違いますよ」


そう言ったのは、アルだった。


「今日、この舞台に必要なのは、元々ロミオ役だった彼でも、私でも……ましてや玲央、あなたでもありません」


え?

蘭くんでも、アルでも、僕でもない?
じゃあ、誰が……?

……その時だった。


「まもなく、エントリーナンバー325、琴華中学校演劇部の舞台を開演します。席にお戻りください。」


カーテンコールを告げるアナウンスが、館内に響きわたる。


「ちょっ!?玲央がいないのに、カーテンコールですか!?」

「どうして!?」

「棄権……しないの?」


アナウンスを聞いて、僕はふと立ち上がる。
それに気づいたイデが、ニヤッと笑った。


「はっ!丁度いいじゃねぇか!」

「おわっ?!?!」


軽くなった木箱を放り投げて、イデたちが出てくる。
しまった。アナウンスにびっくりして、立ち上がっちゃったから。


「さ、お呼びだぜ?」

「よ……呼んでないよ!誰も、僕のことなんて……」

「あぁそうだ。誰も、あの舞台にお前なんか呼んじゃいねぇ」


そうだ。
さっきも、三匹は同じことを言っていた。

あの舞台に、僕は必要ないって。

狼狽える僕をよそに、イデは倉庫の扉を開けた。


「さあ、ロミオ……ジュリエットがお待ちだぜ?」

「ッ……!!!」


……そうか。

イデに言われて気づく。
確かに、あそこに今必要なのは、僕じゃない。

あそこにいるべきなのは、他の誰でもない。

……ロミオだ。

すとんっと、何かが胸に落ちる。

そうか。僕じゃなくていいんだ。
だってあそこに必要なのは、ロミオなんだから。

ロミオが、いればいいんだ。


「そう……だね。行こう」


ジュリエットが待っている。
僕は顔を上げて急いで、舞台へと向かった。

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