ハリボテロミオの夏の夢

本来なら、ロミオはこの後すぐにバルコニーに出てきたジュリエットを見つける。
けれど、それだとまずい。

第一幕で、ジュリエットがロミオに恋をしたことは観客に伝わっている。
けれど、ロミオの気持ちはまだわからないからだ。

だから、


「それにしても、あの仮面舞踏会……。一緒に踊ることこそ叶わなかった。けれど、あの美しさ……」


少しだけ、アドリブを入れる。
これで多分、ロミオの心情がわかりやすくなるはずだ。


「仇の娘だって知ったことか。彼女を、彼女をまた一目見たい……その一心で、ここまで来てしまった。けれど、彼女のためなら、屋敷へ忍び込むなんて造作もない」


そう言って、僕は舞台の方を見上げる。
目線の先にあるのは、例のバルコニーだ。
そこへ、すっと朱里さんが姿を現す。


「なんだ、あの光は?この方角は東、とするならばジュリエットは太陽だ!俺の思い人だ!!あぁ、なんと美しい瞳だろう。夜空にまたたく星に勝るとも劣らない。いや、きっと星の方が見劣りしてしまう。それほどまでに美しい」


よし。これで元の流れに繋がった。
僕ははやる気持ちを押さえて、舞台に登る。


「あぁ……ロミオ……ロミオ!あなたはなぜロミオなの?仇敵なのはそのお名前だけ。あなたがその名前を捨ててくださるなら、私も喜んでこの名前を捨てますのに……なぜ……」


朱里さんも、いつもと変わらない。
これなら大丈夫だ。

僕はうっとり、ジュリエットの声に聞き入る。


「あぁ、なんて美しい声なんだ……もっと聞いていたい……」

「だれ?そこにいるのは?」

「……なんと名乗ったものか……」


けれど、僕の声に気づいたジュリエットが、バルコニーから僕を見下ろす。
あのジュリエットが僕を見てくれている。嬉しい気持ちとは裏腹に、名乗るわけにはいかないもどかしさで胸をかきむしる。
だって僕は、モンタギューの息子だから。


「あなたの好きに呼んでくれて構いません。なぜなら俺の名は、あなたの仇敵の名前なのだから」

「まぁ!その声は、間違えるわけがありません。ロミオ様。ロミオ様なのでしょう?」


より一層、ジュリエットの表情が明るくなる。
まさに太陽のような輝きだ。


「いいえ、あなたが嫌がるのであれば、そのような名前のものではありません」

「それにしても、どうしてここへ?ここの塀はとても高いのに……いえ、それ以前に家の者に見つかりでもしたら……」

「なに、こんな塀くらい、軽い恋の翼があればなんとでも。あなたの身内ですら、恋の障害にはなりえません」


もっと近くでジュリエットの姿を見たくて、僕はバルコニーをよじ登り、ジュリエットの元へ行く。


「そんな!家の者に見つかれば殺されてしまうというのに!」

「殺されるよりも、私にはあなたの瞳の方がよっぽど恐ろしい」


そうだ。
家の者なんかより、彼女の瞳の方が怖い。
彼女に否定されてしまったら、それを思うだけでこの胸が苦しくてたまらない。


「どうやってここがわかりましたの?」

「恋の神に導かれて」


正直に、僕は答えた。
恋の神の導きでなければ、この出会いはなんだというのだろう。


「待って。今恋っておっしゃったの?」

「えぇ。そうです」


僕はジュリエットの手を取る。
そして、先ほどは叶わなかったダンスを踊るように、くるりと回った。


「……私は、あなたに恋している。いや、愛しているのです。ジュリエット」


まっすぐ、僕はジュリエットを見て自身の胸の内を伝える。
ジュリエットは少し目線を逸らした。けれども、すぐに僕とまた目があう。


「まぁ。なんてこと?そんな私をからかって。いえ、本当でいらっしゃるの?本当に私を愛してくださるの?」

「愛しておりますとも。あの美しい月に誓って」

「いやよ。そんなあんなコロコロ形を変える不誠実な月になんて誓わないで。誓うのでしたら、あなたの名前にかけて誓ってくださいませ」

「では、僕の心にかけて……」

「あぁ、やっぱりおよしになって!あんまりにも軽率すぎますわ」


恥じらう彼女も、また美しい。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
でも、


「ジュリエット様っ!!」


遠くから、ジュリエットの乳母らしいき女性が、彼女の名前を呼ぶ。
あぁ、ここまでか。

そう思ったのに、


「まぁ、ばあやだわ。ねえ、ロミオ様。もしもあなたの愛が本物で、私と結婚をするつもりでいらっしゃるのでしたら……明日必ず使いを出します。そこでいつ、どこで式をするおつもりなのか、その者に言伝くださいませんか?」


あぁ、なんと嬉しいことか!
ジュリエットから、まさか結婚の話が聞けるなんて。
今ならどこへだっていけそうな気がする。


「ジュリエット様!」

「はい!もう行くわ!!!ねぇ、ロミオ様。必ずよ?」

「もちろんだとも!!!」


叶うなら、この手を離したくない。
けれども、見られるわけにもいかない。

最後に優しく、僕は握ったジュリエットの手の甲にキスを落とす。
ギリギリまで繋いだその手も、最後にはゆっくり離れて、ジュリエットは行ってしまった。


「必ず!必ず伝える!!!」


僕の声が、会場に響いた。
その響きに合わせて、舞台がゆっくりと暗転する。

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