ハリボテロミオの夏の夢

さっと舞台袖に入り、息を整える。
よし。なんとかなりそうだ。

グッと、僕は自分の手を握りしめる。
その時だった。


「玲央くん!」


朱里さんが、僕の元に駆け寄ってきた。

遅くなってごめん!
そう僕が謝る前に、朱里さんは僕の手を握る。


「絶対に、玲央くんなら来てくれると思ってた……!」


そう言って、朱里さんは握った手を自身の額に当てた。


「あ、うん……ごめん」


僕は改めて朱里さんに謝る。
そして、


「……待っててくれて、ありがとう」


感謝の気持ちを伝えた。


「残り、頑張ろうね!!!さ、またロミオの出番だよ」


パッと手を離すと、朱里さんは僕の腕を引く。
そして、再び僕を舞台に送り出した。

そこにあるのは、教会だ。
ロミオは約束通り、ジュリエットの乳母に二人だけの結婚式の日程を告げる。
そして約束の日に再び出会った二人は、ロレンス神父の元で永遠の愛を誓った。

ロミオは今幸せの絶頂だ。
けれど、それも長くは続かない。

ジュリエットの親戚が、ロミオの友人を殺してしまったのだ。
そして友人を失った怒りに任せて、今度はロミオがジュリエットの親戚を殺め、その罪でロミオは街を出ていくことになってしまう。

そこでジュリエットは、ロミオが街を出ていったのなら、自分も街を出ようと画策する。
その計画というのは、自殺をしたことに見せかけて、あとからこっそり抜け出して、ロミオの元へ行くというものだった。

仮死状態になる薬を飲んで、ジュリエットは見事に家族を騙すことに成功する。
後はこの計画について書いてある手紙を、ロミオに渡すだけだ。

それなのに、運命の女神は二人を嘲笑う。

そう。
ロミオに手紙が届かなかったのだ。

そのせいで、ロミオはただ、「ジュリエットが死んだ」という事実だけを知ることになる。
いてもたってもいられないロミオは、街へと再び戻ってきた。
決して、戻ってきてはいけないのに。

それでも、ロミオはジュリエットに会うために、彼女が眠る教会へと向かった。

舞台中央の棺に横たわるジュリエット。
そこへ向かって、僕はおぼつかない足取りで、一歩、また一歩と彼女に歩み寄る。
ここからは、レテが一人芝居でやっていた、ロミオの長台詞だ。


「なぜ……何故なんだジュリエット……!」


近くで顔を見たくって、僕はそっとジュリエットの頬に触れた。
頬は、とても冷たい。


「本当に、死んでしまったのか……?愛する人……あぁでも、死に命を吸い取られても、君の美しさは変わらないな」


ぎゅっと、その頭を抱きしめる。
そして僕はゆっくりと、再びジュリエットを見た。
乱れた髪が顔にかかっていたので、顔が見えるように髪を優しくかき上げる。


「唇や頬が赤く染まって、まだ生きているみたいじゃないか……。青白い死の影も、全く見えない」


そう呟きながら、何度も何度も、僕はジュリエットを抱きしめる。
死なんて、簡単に受け入れられるわけがない。それが愛する人なら尚更だ。
ロミオはきっと、ここでゆっくりジュリエットが死んだという現実を受け入れたんだと思う。
だから、ジュリエットに語りかけるんだ。

……いや。
もしかしたら最期まで、ロミオはジュリエットの死を受け入れられなかったのかもしれない。



「ジュリエット、なぜ君はまだこんなにも美しいんだ?きっと、うつろな死神までが君に恋をして、暗闇に君を囲っておく気なのかもしれない」


でも、ジュリエットはもういない。
だから、


「ジュリエット、……ここで僕も、永遠の安息に入るよ」


ロミオの出す答えは、一つなんだ。


「目よ、これで見納めだ」


ジュリエットの額に自分の額をつけて、僕は真っ直ぐジュリエットを見つめる。


「腕よ、これが最後の抱擁だ」


そしてぎゅっと、ジュリエットを抱きしめた。


「唇よ……さあ、死神と永遠の契約をしようじゃないか」


そう言って、僕は懐から毒薬の入った小瓶を取り出す。
小瓶を見つめながら、僕はうっすらと笑みを浮かべた。

迷いはない。
あるわけがない。

僕は毒の入った小瓶を、一気に飲み干した。

あぁ、これで……
これでやっと、

ジュリエットに会える。

幸せに包まれながら、舞台に倒れこむ。
そしてそのまま、僕は意識を手放した。
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