それぞれの幸せ
 このままの状態が良くないことだけは、明白だった。
 佐山に言われるまでもなく、それは自分も常に考えていたことだ――。

「……新しい恋、かぁ」

 ぽつんとつぶやくと、百合香は窓の外へ視線を戻した。

 流れていく景色が、ぼやけて見える。

「そんなの、今さら出来るかな……?」

「出来ますよ。百合香さんは……誰が見てもすっげぇ美人ですし……。それに……悲しいくらい気遣いのできる女性です」

 佐山は、即答した。

「フリーになったら、絶対ほっとかれないと思います」

 迷いなく。

「俺は……百合香さんにも幸せになって欲しいんっすよ。今のままじゃ、貴女も幸せになれない」

 その言葉に、胸の奥が小さく痛む。

 三井派の佐山だから当たり前なのだが、雪絵に新しい恋を……とは思わないんだろう。
 あくまでも動くべきは百合香なのだ。

(もし、雄ちゃんと出会わずに生きてこられたなら)
(もし、別の人と普通の恋をして、普通に結婚していたなら)

 そんな未来も、あったのだろうか。
(でも……もう、遅いよ)
 そう思ってしまう自分がいる。

(雄ちゃん以外の人と恋に落ちる自分なんて、想像ができない)
(雄ちゃん以外を愛する私は、私じゃない)

 百合香は、自嘲気味に笑った。

「……佐山くんって、案外お節介なんだね」
「三井のアニキにもよく言われます」

 真面目な声で返されて、百合香は少しだけ吹き出した。
 その小さな笑い声に、車内の空気がほんの少しだけ和らぐ。
 けれど、胸の奥に落とされた言葉は、消えなかった。

 ――今のままじゃ、貴女も幸せになれない。

 それはきっと、百合香自身が一番よく分かっていた――。


***


 披露宴会場は、祝福の空気に満ちていた。

 シャンデリアの光。
 笑い声。
 グラスの触れ合う音。

 その中心で、相良(さがら)京介(きょうすけ)神田(かんだ)芽生(めい)が幸せそうに笑っている。
 タキシード姿の相良は、昔みたいな張り詰めた空気を纏っていなかった。
 代わりにあるのは、覚悟を決めた男の穏やかさだ。
 すべてを捨ててでも、愛する女を選んだ男の顔。
 その決意が、今の相良を支えているのだと分かる。

 一方の芽生も、眩しいほど幸せそうだった。
 純白のドレスを纏い、大好きな人の隣で無邪気に笑っている。
 何も隠さなくていい恋。
 誰かを傷つけることのない愛情。

(綺麗……)
 そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。

(羨ましいな)
 誰かの幸せの上に立っている自分には、そんな感情を抱く資格すらないのに、そう思わずにはいられなかった。

「今日は……ありがとうございます、百合香さん」
 披露宴の途中、小さく会釈してきた芽生へ、百合香は微笑み返した。
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