それぞれの幸せ
「……俺、ずっと思ってたんです」
 低い声が、静かな車内に落ちる。

「百合香さんは、もっと普通に幸せになれる人だって」
「……普通って人並みに、ってこと?」

 百合香は小さく笑った。
 自分にはそんなの、もう縁のない言葉みたいに聞こえる。
 雄二が自分以外の女性と所帯を持った時点で、とっくに諦めている。

 でも、本当にそう言い切れるだろうか。
 その迷いが、揺れる瞳に出てしまったのかもしれない。

 そんな百合香の表情を、佐山はルームミラー越しに見ている。

「俺は、三井のアニキから色々話を聞かされてきました」
 ぽつり、と独白みたいに続ける。
「だから多分、考え方もそっち寄りなんだと思います」

 三井は昔から、雪絵のことを誰よりも気に掛けていた。
 雄二の話によれば、幼い頃から雪絵の傍に仕え、守り続けてきた男なのだという。
 雄二が雪絵の付き人を命じられて以降表立って彼女の前へ姿を現すことはなくなったらしいが、それでもなお、陰ながら雪絵を見守り続けていることは、百合香も感じ取っていた。
 そしてその献身こそが、雄二が百合香のもとを訪れる際の大きな障壁となっていることを、百合香自身、身を以て痛感させられている。
 まぁそれは当たり前だ。
 雄二の妻として、夫が囲う百合香(愛人)の存在に耐え続けてきた雪絵を守りたい三井にしてみれば、百合香は邪魔者以外のなにものでもないのだから。

 なにより目の前の佐山もまた、たったいま百合香に、三井の考えを引き継いでいると言った。

 けれど。
 百合香は、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
 三井から向けられる剝き出しの敵意が、佐山からは感じられないのだ。
 責められているというより、敵であるはずの百合香のことですら、どこか案じてくれている気配がする。

「……俺、今のままじゃ、誰も幸せになれないんじゃないかって、ずっと思ってました」

 淡々とした声。
 責めるでもなく、感情をぶつけるでもなく……、ただ、自分の気持ちを並べているだけの声音。
 ミラー越しに見える佐山の表情はどこか切なげで、反論はおろか、言い訳する気すら起きなかった。

 だからこそ、佐山の言葉は、容赦なく胸へ突き刺さってくる。

「俺は百合香さんはさっさと千崎さん……あー、えっと……カシラとは決別して、全く別の場所で、新しい恋に生きるべきだと思っています」

 一瞬だけ呼び方を迷って、言い直した佐山に、百合香は小さく目を伏せた。

 千崎さん。
 カシラ。
 その呼び直しだけで、佐山の中にある線引きが分かる。
 佐山にとっても雄二は、もう単なる一人の男じゃない。
 雄相会(じぶんたち)を率いる人間なのだ。

「……もちろん簡単なことじゃないってのは……俺も分かってるんっすけど……」

 ふっと堪えきれなくなったみたいに視線を逸らされて、百合香は胸を締め付けられる。
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