それぞれの幸せ
「ううん。こちらこそ、呼んでくれてありがとう」
 本当は。
 ――私の分まで、幸せになってね。
 そう言いたかった。
 けれど、その言葉は喉の奥へ沈んでいって、どうしても言葉にできなかった。

 代わりに、百合香はそっと芽生の手を握った。

 小さくてふわふわした、温かい手だった。
 皆に守られ、祝福されるに相応しい手。

 ここには来られないけれど、芽生と少なからず縁のあった佐山も、きっと彼女の晴れ姿を見たかったことだろう。
 そう思った瞬間、車中で佐山に言われた言葉が脳裏を()ぎった。
 ――今のままじゃ、貴女も幸せになれない。

 ぼんやりし過ぎてしまった。
「百合香さん?」
 百合香の手をギュッと握り返しながら、芽生が小首を傾げる。
「ごめんね。芽生ちゃんがあんまり綺麗だから、見惚れちゃってた」
 微笑みながらそう返して、百合香は胸の奥が静かに軋むのを、必死に隠した。


***


 やがて、ブーケトスの時間が訪れる――。

 女性たちが前の方へ集まり、楽しげな歓声が上がった。
 百合香は、その輪から少しだけ外れた場所へ立っていた。
 関係ないふりをしながら、それでも視線は自然と芽生の手元へ向いてしまう。

 淡いピンクのチューリップが九本。

 ――永遠に、一緒に。

 花は、本数でも意味が変わるらしい。
 以前、雄二が珍しくそんなことを調べている姿を見掛けたことがある。
 そのときは、何を調べているんだろうと思っただけだった。
 けれど――ついさっき、その理由が分かった。

 相良が、照れを隠したいみたいにわざとムスッとした顔で話してくれたからだ。

『芽生との結婚の知らせが新聞に載ってすぐの頃にな、千崎のやつが〝ブーケは九本がお勧めだ〟って言ってきたんだよ』

 芽生は、日本屈指の大企業『さかえグループ』会長・田畑(たばた)栄蔵(えいぞう)の孫娘だ。
 さかえグループは、メガカンパニーでありながら首都に本社を置かず、地元に根差した経営を続けていることで知られている。
 そのため地元での人気と影響力は絶大で、さかえグループに関する話題ともなれば、地方紙でも大きく取り上げられることが少なくない。

 雄二はきっと、その記事を見て色々調べた挙句に電話を掛けたんだろう。

 それ以外のことは何も言わず、用件だけ告げると、電話はぷつりと切れてしまったんだとか。

『千崎らしい、回りくどい祝福だろ?』

 クククッと喉を鳴らすように笑う相良を見て、百合香も(雄ちゃんらしいな)と思った。

 雄二のことだから、きっとさぞや無愛想な声音でアドバイスをしたことだろう。

 それでも雄二は、もう会うことは出来ない相良と芽生が、これから先もずっと一緒にいられるよう願って、その本数を勧めたに違いない。

 だからこそ――。

(私なんかが、受け取っちゃいけない花束だ)

 そう思う。
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