それぞれの幸せ
『お前が契約をかさに着た皺寄せを、百香(むすめ)に負わせるのは違うだろ』

 そこは雄二としても胸の奥にずっと引っ掛かっているところだった。雪絵と自分はなんだかんだ言って己が選択した結果に翻弄されているに過ぎない。だが百香だけは――自らの意思とは関係なく、そんな両親の犠牲になっている。
 そこを三井から指摘されたことが、胸の奥にチクリとした棘を落としていた。

(今度こそ、百香自身にどうしたいかを決めさせるべきだ)

 だが、母親以外の女を愛した自分を、百香が許してくれるとは思えない。
 了道からは、『てめぇにゃ悪いが、全ての責任はお前が負え。その方がきっと、百香は幸せになれる』と言われた。

 どうやら雪絵は、百香に〝結婚の条件〟を伏せる決断をしたらしい。
 何とも手前勝手なやり方だとも思ったが、両親のうちのどちらかが百香にとっての〝絶対的な安全圏〟になる必要があると考えるならば、案外その決断は得策なのかもしれない。それはきっと、今現在も娘に〝罪を隠し(おお)せている〟雪絵にしか、出来ない配役だ。

(だとすれば、俺が百香にしてやれるのは――)

 そこまで考えて、無意識に小さく吐息が漏れる。

 雄二は、その悶々とした気持ちを抑えたいみたいに、煙草へ火を点けた。
 苦い煙が、ゆっくりと車内へ広がっていく。

(少し気持ちの整理が必要だな)

 本当は今日中に雪絵とは片をつけたいと思っていた。だが、これから自分が百香へすることを思うと、娘を愛する父親としてはさすがに躊躇してしまう。

 いつもなら窓を開けて換気するところだがそんな気にもなれず、そのままアクセルを踏み込んだ。

 結局向かった先は、『雄相会(ゆうそうかい)』事務所だった。
 そこへ行けば、皆へ土産話を持ち帰っている百合香に会える気がしたからだ。


***


 披露宴の写真が映し出されたデジカメを囲み、雄相会(ゆうそうかい)の事務所は妙に浮き足立っていた。

「うわ、神田(かんだ)さん綺麗だな」
「バーカ、もう神田さんじゃねぇって」
「ああ、……相良(さがら)さん、か? うわぁ。なんか馴染めねぇー!」
芽生(めい)さんでいいだろ」
「いや、それもめっちゃ違和感あるわ」
(ちげ)ぇねぇ」
「なぁ、この写真! カシラ……じゃなくて……相良さん、顔怖すぎじゃねぇか?」
「……いや、これでも笑ってる方だろ」

 誰かの笑い声。
 酒は一滴も入っていないはずなのに、事務所には祝い事特有の浮ついた空気が漂っていた。
 参列こそ叶わなかったものの、デジカメに映し出された披露宴の光景が、その場の空気ごと事務所へ流れ込んできたようだった。

 百合香が会場へ来られない皆のために披露宴会場で写してくれた、写真の数々。
 そこへ収められているのは、堅気(かたぎ)となった相良京介と神田芽生の晴れ姿だった。
 それが、事務所内をこんな温かな空気で満たしてくれている。

 本来なら、わいわい騒いでいる皆の、その輪の中には百合香もいていいはずだった。
 だが、いない――。
 雄二が不在だったから、混ざりにくかったんだろうか?

 百合香の顔が見たくてここへ来たというのに、何とも期待外れだ。

(あとでマンションへ行って、ねぎらいの言葉をかけよう)

 そうして百合香の柔らかな身体を抱きしめて、これから自分がしようと思っていることを、聞いてもらうのだ。
 百香のことを思うと気が重いが、それさえ乗り越えれば遠い昔に掛け違えた、百合香と自分の未来をひとつにする、幸せな報告になるはずだった。

 そんなことをぼんやり考えながら、雄二はひとまず事務所の奥へ歩を進める。

「……カシラ、お帰りなさい」

 雄二へ気付き、構成員たちが慌てて姿勢を正した。

「ああ、ただいま。――随分にぎやかだな」
「すんません。百合香さんから結婚式の写真預かってて」

 気まずそうに言い訳する若い構成員へ、雄二は「そうか」とだけ返した。

「今日くらい酒でも買ってきて皆で楽しめ」
 言って、財布から数枚万札を取り出して一番近くにいた男へ渡せば、「いいんですか!?」と嬉しそうな顔をする。
「ああ、今日ぐらいはな――」

 そこでふとここへいる面々を見回した雄二は、佐山がいないことに気が付いた。
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