それぞれの幸せ
「……佐山は?」
「え?」
「百合香と一緒にデジカメ(それ)持って帰って来たんだろ?」
「あー、佐山なら……百合香さんを送っていくって言ってたんで……」

 雄二の眉がわずかに寄る。
「まだ戻ってないのか?」
「そう言われてみれば遅すぎっすね」
 結婚披露宴後、ここへ立ち寄って百合香をマンションまで送り届けたとしても、十分往復して帰ってこられているはずの時間が経過していた。

(何かあったのか――?)

 雄二は胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、百合香へ電話を掛けた。
 だが、『おかけになった電話番号は、電源が切られているか、電波の届かないところに……』などと無機質なアナウンスを伝えてくる。
 相良たちの式に参列するために、電源を切ったまま付け忘れている可能性もある。
 でも、百合香はそういうところも、割としっかりしている女だ。

(……嫌な予感がする)

 佐山は三井の舎弟だ。
 雄二は妙な胸騒ぎに突き動かされるように、事務所をあとにした。


***


 事務所の外へ出ると、佐山が車へ寄り掛かるように立っていた。
 雄二が戻ってきたときにはいなかったから、今しがた帰って来たところなんだろう。

 普通ならすぐにでも事務所へ入るところだろうに、ドアを閉めたと思しき体勢のまま何をするでもなく、ただ黙ってぼんやりと車の方を見つめている。

「佐山」
 雄二が声を掛けた瞬間、佐山がびくっと身体を跳ねさせた。
「……カシラ、すみません!」
「いきなりどうした」
 低い声で問えば、佐山は少し迷うように視線を伏せたあと、静かに口を開いた。
「……百合香さんに……俺……」
 その瞬間、胸の奥がざわりと騒いだ。
「……百合香に何をした」
 低い声だった。
 佐山の顔色が変わる。
「お、俺……」
 言い淀む姿を見た瞬間、嫌な予感が確信へ変わった。
 気付けば、雄二は佐山の胸倉を掴み上げていた。
「お、俺っ、百合香さんを新幹線の駅まで送りました」
「……あ?」
「百合香さんに……カシラのそばにいない方がいいって……そう話しました。それで……百合香さんが式後に……」
 雄二に胸倉をつかまれたまま、佐山が眉根を寄せて苦し気に告白する。
 佐山の話によれば、百合香はマンションで荷物を軽くまとめた後、駅まで送って欲しいと佐山に言ってきたらしい。
「てめぇはそれに黙って従ったのか……?」
「はい……」 
 雄相会(ゆうそうかい)の面々に怪しまれないよう、先に一旦事務所へデジカメを届けてからの旅立ちだったという。
 百合香は、花嫁からのブーケトスで受け取ったと思しき花束を抱えていたらしいが、マンションを出るときには持っていなかった、と佐山がつぶやいた。
「代わりに――」
 小さな骨壺を大事そうに抱えていたと聞いて、雄二の胸が大きくざわつく。
(しろ……)
 彼の遺骨を手にしていたということは、百合香は戻る気がないということだ。

「……百合香は――」
「西へ行くって言ってました。――多分、下関です」
「下関? それは……あいつが言ったのか?」
 百合香の性格からして、そんなことはあり得ないように思えた。
「いえ……。俺が新幹線の駅までの道行、『下関じゃ、〝フグ〟のこと、幸福の福にちなんで〝フク〟って呼ぶらしいです』って話して……それで……百合香さん、それに興味持ってたみたいだったんで……」
 案の定の返しに、雄二は掴んでいたままの佐山の胸倉をやっと手放した。
 その示唆が、佐山なりの百合香と雄二への配慮に思えたからだ。
 佐山は三井の息が掛かった若い衆だが、百合香のことを三井ほど嫌っていない。それを知っていたから、雄二は今日、佐山に百合香の送迎を頼んだのだ。

「……カシラと離れてっ、……新しい幸せを探す旅に出たんだと……思い、ます」
 ケホケホと軽くむせながら続けられた佐山の言葉に、雄二の目が細まる。
「俺……百合香さんに、カシラから離れた方がいいって言いました」
 静かな……だが、間違ったことは言っていないと信じた目をした告白だった。
< 110 / 122 >

この作品をシェア

pagetop