それぞれの幸せ
第2節 桐生百合香『知らない街で』
午後三時を少し回った頃。
桐生百合香は、新幹線の自由席に座っていた。
指定席を取ろうとは思わなかった。
これから自分がどこで暮らすのかも、どんな仕事をするのかも、まだ何ひとつ決まっていない。頼れるあても、迎えてくれる誰かもいない。
しばらくは、手元にある貯金を切り崩して生きていくしかないのだ。
だから、少しでも節約したかった。
幸い、車内は思っていたほど混雑していなかった。
窓際の席へ腰を下ろした百合香は、膝の上にバッグを抱える。
その中には、愛猫しろの遺骨が納められた骨壺が入っていた。
何度も抱き締めて、何度も撫でた、小さな骨壺。
もう鳴くことも、甘えてくることもない。
けれど、置いていくことだけは出来なかった。
雄ちゃんが用意してくれた部屋に。
あのマンションに。
自分だけが消えたあと、しろまで残していくなんて、どうしても無理だった。
(ホントは……)
しろだって雄二との思い出のひとつだ。
アクセサリーも。
写真も。
思い出に繋がるものは全部置いてきた。
なのに、この子だけは連れてきてしまった。
(だって、しろは……)
百合香にとって、しろはただの飼い猫ではなかった。
雄二と一緒に育てた、大切な家族――。
そんな可愛い我が子を、置いてくることだけはどうしても不可能だった。
百合香は窓の外へ顔を向ける。
流れていく景色を見ているつもりだった。
けれど実際には、何も見えていなかった。
トンネルに入る。
暗くなる。
窓ガラスに、自分の顔が映る。
少し疲れた顔をしていると思った。
トンネルを抜けると、街並みが流れていく。
家々の屋根。
ビルの壁。
たくさんの建物のひとつひとつに、誰かの営みや生活があるんだろう。
山が近付いてきて、また、トンネル。
その繰り返しの中で、百合香はぼんやりと朝からの出来事を思い返していた。
芽生と京介の結婚披露宴。
大好きな男性の隣で、幸せそうに笑う花嫁。
少し照れくさそうで、それでもどうしようもなく嬉しそうだった花婿。
ブーケトスで芽生から受け取った、薄桃色のチューリップ。
〝次は百合香さんの番です!〟
声こそ掛けられなかったけれど、ブーケを受け取った百合香を見て笑った芽生からは、そんな想いが溢れているように感じられた。
桐生百合香は、新幹線の自由席に座っていた。
指定席を取ろうとは思わなかった。
これから自分がどこで暮らすのかも、どんな仕事をするのかも、まだ何ひとつ決まっていない。頼れるあても、迎えてくれる誰かもいない。
しばらくは、手元にある貯金を切り崩して生きていくしかないのだ。
だから、少しでも節約したかった。
幸い、車内は思っていたほど混雑していなかった。
窓際の席へ腰を下ろした百合香は、膝の上にバッグを抱える。
その中には、愛猫しろの遺骨が納められた骨壺が入っていた。
何度も抱き締めて、何度も撫でた、小さな骨壺。
もう鳴くことも、甘えてくることもない。
けれど、置いていくことだけは出来なかった。
雄ちゃんが用意してくれた部屋に。
あのマンションに。
自分だけが消えたあと、しろまで残していくなんて、どうしても無理だった。
(ホントは……)
しろだって雄二との思い出のひとつだ。
アクセサリーも。
写真も。
思い出に繋がるものは全部置いてきた。
なのに、この子だけは連れてきてしまった。
(だって、しろは……)
百合香にとって、しろはただの飼い猫ではなかった。
雄二と一緒に育てた、大切な家族――。
そんな可愛い我が子を、置いてくることだけはどうしても不可能だった。
百合香は窓の外へ顔を向ける。
流れていく景色を見ているつもりだった。
けれど実際には、何も見えていなかった。
トンネルに入る。
暗くなる。
窓ガラスに、自分の顔が映る。
少し疲れた顔をしていると思った。
トンネルを抜けると、街並みが流れていく。
家々の屋根。
ビルの壁。
たくさんの建物のひとつひとつに、誰かの営みや生活があるんだろう。
山が近付いてきて、また、トンネル。
その繰り返しの中で、百合香はぼんやりと朝からの出来事を思い返していた。
芽生と京介の結婚披露宴。
大好きな男性の隣で、幸せそうに笑う花嫁。
少し照れくさそうで、それでもどうしようもなく嬉しそうだった花婿。
ブーケトスで芽生から受け取った、薄桃色のチューリップ。
〝次は百合香さんの番です!〟
声こそ掛けられなかったけれど、ブーケを受け取った百合香を見て笑った芽生からは、そんな想いが溢れているように感じられた。