それぞれの幸せ
「俺は百香から未来永劫真実を知る権利を奪うつもりはない」
 雄二がそう告げたと同時、雪絵の目が大きく見開かれたのが分かった。

「《《今は》》俺が悪者でいい。百香はまだ幼い。あの子には母親が必要だ。だから……《《今はまだ》》話さねぇ」

 雄二は雪絵を真っ直ぐ見据える。

「――だが、あの子が大人になって知りたいと言ったら、隠すつもりはない」

 そこで一拍置いて、静かに続けた。

「――契約のことも含め、全部。それを聞いた百香がどう思い、どうするかは、あの子自身が決めることだ」

 百香から両親が別れるに至った真実を知る機会まで奪うつもりはなかった。
 自分が百香のことを大切に思っていたことも、一緒に伝えられたらと思う。

 それが、父親としての責務だと思ったからだ。

 雪絵は何も言わない。
 ただ膝の上で握った手に力が入るのが見えた。

 それで十分だった。
 明確に、百香が何歳になった時……と告白の期日を設けなかったのは、わざとだ。
 その日は永遠に来ないかもしれないし、ある日突然訪れるかもしれない。
 どちらにせよ、それを決めるのは雄二でも雪絵でもない。
 百香だ。

 だが雪絵は、自分だけがそんな想いを抱えることを良しとしなかった。

「……じゃあ当然、あの子の名前の由来も話すんですね?」

 キッと雄二を睨むようにして告げられた言葉に、雄二は「は?」とつぶやいて、思わず咥えていた煙草を取り落としそうになる。
 ややして雪絵の言葉を理解した雄二は、吸っていた煙草を苛立ち紛れに灰皿へ押し付けるようにしてもみ消すと、吐息を落とした。

(この女は……どこまでも自分本位だ)
 そう思った。

「……雪絵、お前、それは本気で言っているのか?」
 自分でも地を這うような低音が出たと思った。
 雪絵に対してふつふつと怒りが込み上げてくる。
「――名は、あの子が一生背負っていくもんだ。そこへケチつけるようなことを告げるべきじゃないのは、ちょっと考えれば分かるだろう」
 雄二は噛んで含めるように告げた。だが、雪絵はその意図を汲もうともせず、負けじと言い返してくる。
「……でも! それが分かっていて、そんなことをなさったのは他ならぬ雄二さんでしょう!? 結局それを隠そうとするのは、雄二さんにとって都合が悪いからじゃないんですか? そんなのは……やっぱりずるいです」
「ずるい?」
「ええ。だってそうでしょう? ご自分の罪は告白なさらないで、私のことだけ百香に告げるなんて……どう考えてもずるいです」

 そこには、雄二に対する反抗心だけがあるように思えた。
 今の雪絵には、それで百香がどれほど傷つくかまで考える余裕がないのかもしれない。

「なぁ雪絵。――お前、それでもあの子の母親か?」

 百合香なら、他者から同じことをされたとしても、絶対に我が子のことを第一に考える。百合香は、自分が傷ついてでも、他者が傷つくことをよしとしない女だった。

 だが、雪絵は――。
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