それぞれの幸せ
(……だから、こいつは駄目なんだ)
雪絵から、結婚の条件を突き付けられた時にも感じた、あのどうしようもない息苦しさを思い出す。
「雪絵。これだけは言っておく」
雄二は、苦いものを胸の奥深くで押し殺しながら、低い声で切り出した。
「百香という名はな、愛らしいあの子が百合香との子であったなら……。そういう願いから発想しちまったのは紛れもない事実だ。――お前との契約のせいで、百合香とは子を持てなかったからな」
「……」
「なぁ雪絵、百合香が俺との子を望まなかったと思うか?」
「……! もしかしてその女は……愛人の分際でそんなことをあなたに請うたのですか!?」
雪絵が烈々とした瞳で雄二を睨む。
雄二はそんな雪絵に心底失望したと言わんばかりの吐息を落とした。
「……百合香はお前とは違う。そう思っていたとしても、決して表に出すような女じゃねぇよ」
「……だったら!」
「――分からないのか? 俺が! 彼女との子を望んじまっただけだ」
「……!」
「まぁ、俺の想いはどうあれ、確かにお前と百香には悪いことをしたとは思ってる」
雄二は視線を逸らさなかった。
「だがな、それだけの理由で俺はあの子に百香って名付けたわけじゃない」
そこで一拍置いて、雄二はふと窓外へ視線を流した。
「同時に百の花――もっと言えば、『たくさんの魅力や才能が開花しますように』という願いも込めたつもりだ」
「……」
「お前だって百香って名を聞いた時、最初に思い浮かべたのはそっちだったんだろう?」
雪絵は答えない。
けれど、その沈黙だけで十分だった。
「百香にだってそう説明してきたはずだ」
雄二は静かに続ける。
「だったら、あの子が知るのはそれだけでいいじゃねぇか。そこに、わざわざ別の意味を付け加えて何になる? 百香を傷つけるだけだ」
「でも……」
なおも何かを言おうとした雪絵を、雄二は遮らなかった。
ただ、淡々と言葉を重ねる。
「百合香は一輪のユリの花だ」
そして少しだけ目を細めた。
「――だが百香は百花だ。百合香とは違う」
「……」
「俺はそう思ってる」
祝福を呪いに変える必要が、どこにある。
雄二には、まるでそうしたいみたいに懸命になって雄二へ食って掛かってくる雪絵の気持ちを汲んでやることは、絶対に出来ない。
雪絵が泣きそうな顔でこちらを見つめた。
「……本当に……そう思っていらっしゃるんですか?」
その名は愛人由来だったかもしれない。
けれど――。
百香という娘そのものまで偽物だったわけではない。
そう信じてもいいのですか? と問いたげに揺れる雪絵の瞳を真っすぐに見つめ返しながら、雄二は短く答えた。
「当たり前だろ」
そこに、これ以上の言葉は必要ないと思った。
雪絵が涙をぽとりと落としてうつむいた。
それを見届けてから、雄二は再度窓の外へ視線を向ける。
曇った空の向こうに、ほんの少しだけ光が差していた。
雪絵から、結婚の条件を突き付けられた時にも感じた、あのどうしようもない息苦しさを思い出す。
「雪絵。これだけは言っておく」
雄二は、苦いものを胸の奥深くで押し殺しながら、低い声で切り出した。
「百香という名はな、愛らしいあの子が百合香との子であったなら……。そういう願いから発想しちまったのは紛れもない事実だ。――お前との契約のせいで、百合香とは子を持てなかったからな」
「……」
「なぁ雪絵、百合香が俺との子を望まなかったと思うか?」
「……! もしかしてその女は……愛人の分際でそんなことをあなたに請うたのですか!?」
雪絵が烈々とした瞳で雄二を睨む。
雄二はそんな雪絵に心底失望したと言わんばかりの吐息を落とした。
「……百合香はお前とは違う。そう思っていたとしても、決して表に出すような女じゃねぇよ」
「……だったら!」
「――分からないのか? 俺が! 彼女との子を望んじまっただけだ」
「……!」
「まぁ、俺の想いはどうあれ、確かにお前と百香には悪いことをしたとは思ってる」
雄二は視線を逸らさなかった。
「だがな、それだけの理由で俺はあの子に百香って名付けたわけじゃない」
そこで一拍置いて、雄二はふと窓外へ視線を流した。
「同時に百の花――もっと言えば、『たくさんの魅力や才能が開花しますように』という願いも込めたつもりだ」
「……」
「お前だって百香って名を聞いた時、最初に思い浮かべたのはそっちだったんだろう?」
雪絵は答えない。
けれど、その沈黙だけで十分だった。
「百香にだってそう説明してきたはずだ」
雄二は静かに続ける。
「だったら、あの子が知るのはそれだけでいいじゃねぇか。そこに、わざわざ別の意味を付け加えて何になる? 百香を傷つけるだけだ」
「でも……」
なおも何かを言おうとした雪絵を、雄二は遮らなかった。
ただ、淡々と言葉を重ねる。
「百合香は一輪のユリの花だ」
そして少しだけ目を細めた。
「――だが百香は百花だ。百合香とは違う」
「……」
「俺はそう思ってる」
祝福を呪いに変える必要が、どこにある。
雄二には、まるでそうしたいみたいに懸命になって雄二へ食って掛かってくる雪絵の気持ちを汲んでやることは、絶対に出来ない。
雪絵が泣きそうな顔でこちらを見つめた。
「……本当に……そう思っていらっしゃるんですか?」
その名は愛人由来だったかもしれない。
けれど――。
百香という娘そのものまで偽物だったわけではない。
そう信じてもいいのですか? と問いたげに揺れる雪絵の瞳を真っすぐに見つめ返しながら、雄二は短く答えた。
「当たり前だろ」
そこに、これ以上の言葉は必要ないと思った。
雪絵が涙をぽとりと落としてうつむいた。
それを見届けてから、雄二は再度窓の外へ視線を向ける。
曇った空の向こうに、ほんの少しだけ光が差していた。