それぞれの幸せ
 入口の扉を開けた雄二は、店内を見回した。

 すぐに見つかる。

 窓際の席。

 佳代と向かい合って座る百香が、大きなパフェを前に……どこか悲しそうに微笑んでいた。

「美味しいね、佳代おばちゃん」

 それでも身振り手振りを交えながら、必死に笑顔を作って佳代に話しかけている。

 気のせいかもしれないが、少し痩せたように見えた。

 きっと賢い百香は何も言われなくても悟っている。
 今日一緒に出てきたはずの母親が、別行動を取った意味を――。

 これから家族の形が変わることも、何もかも知っていて、それでも気丈に笑おうとしている。

 そういうところが、やはり百合香と重なってしまう。

(あの子には百合香の血なんて入っていないのにな……)

 雄二はその姿を遠巻きに見つめて、小さく吐息を落とした。

 スーツの内ポケットには、今し方雪絵から託されたばかりの離婚届が入っている。

 まだ提出をしていないから確定したわけではないが、雄二の中ではすでに、雪絵との婚姻関係は終わっていた。

 だが――。

 父親であることまで終わるわけじゃない。
 その事実だけが、今の雄二を辛うじてここに立たせていた。

 無言で歩を進めると、こちらにいち早く気付いた百香が瞳を見開いたのが分かった。
 そんな百香の様子に、佳代がこちらを振り返る。

 佳代は雄二を認めるなり席を立つと、百香に「おばちゃん、ちょっと新しいケーキを選んでくるわね」とにこやかに微笑んだ。
 雄二とすれ違いざま、「雪絵との話は終わったのね」と静かに問うてきた佳代に、「はい」と短く答えたら「……そう」とだけ告げて去っていく。

 その様子を百香がじっと見つめていた。

 雄二が佳代の座っていた席へ座ると、百香がスプーンを握る手に力を込める。

「……何しに、来たの?」

 突き放すような声音に、雄二は胸の奥にちりちりとした痛みを感じた。

百香(おまえ)に会いに来た」
「何でそんなことするの!? パパ、ママと百香を捨てて《《アイジン》》の所へ行くんでしょう!?」

 キッと睨みつけられて、雄二は肯定も否定も出来なかった。

 百香からたどたどしく告げられた〝愛人〟という言葉が、胸をえぐる。
 雪絵からそう言われるのは耐えられたが、百香から百合香のことをそんな風に言われるのは嫌だと思った。
 だが、今の雄二にはそれを否定することは出来なかった。

「パパなんて大嫌い! もう会いに来ないで!」

 プイッとそっぽを向かれて、雄二は「……そうか。だが、電話番号は変えずにおくから……何かあったらいつでも連絡しておいで」とだけ告げて席を立つ。

 百香が立ち上がる雄二に何か言おうとして……ぐっと唇を噛み締めるのを横目に、雄二は(きびす)を返した。

「百香、これだけは覚えておいて欲しい。パパは……お前のことを愛してる」

 雄二は、イチゴのショートケーキを手に戻ってきた佳代に、「百香のことをよろしくお願いします」と深々と頭を下げる。

 背後で、百香がじっと自分の背中を見つめている視線を感じながら、雄二は一度も振り返ることなく店をあとにした。
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