それぞれの幸せ
 そこには買い物袋を提げた観光客や、市場を歩く家族連れの姿しかなかった。

(気のせい……?)

 百合香は小さく首を傾げる。

 人が多い場所だから、誰かの視線を感じても不思議ではない。
 そう自分へ言い聞かせると、再び市場の奥へ歩き出した。


***


 しろのお供えに、散々迷って日持ちのしそうなふぐのオイル漬けを選んだ。瓶詰になっていてプレーン、バジル、ごま油がセットになっている。
 売り子さんの話によると、おつまみにしたり、サラダやパスタに入れるなど、色々とアレンジが効くらしい。
(住むところが決まったら、作ってみよう)
 しろへお供えした後、ちゃんとおさがりとして美味しくいただくことが出来そうでいいと思った。
 頭の片隅に、(雄ちゃんに作ってあげたら喜びそう)なんて考えが浮かんだのには気づかないふりを決め込む。

 しろへのお土産が買えたことでなんだか一仕事終えられたような気持ちになった百合香は、ふと腕時計に視線を落とした。
(九時半か……)
 そろそろDOCONOショップへ向けて出発してもいいかもしれない。
 タクシーで連れて来てもらった道順をたどれば下関駅近くにあったショッピングモールへ無事たどり着けるだろう。
 灯台下暗しというか、携帯ショップはショッピングモール内に色んなキャリアのがほとんど収まっていた。

 百合香は瓶詰の入った袋をギュッと握りしめると、出入り口目指して歩き出した。
「あ……」
 市場の一角にある小さな土産物店の前を通りかかった時、駅でも見かけたフグのキャラクター〝ふくだるま〟のマスコットがぶら下がったキーホルダーが目に入って、思わず立ち止まる。
 赤、青、水色、緑、金色。
 色とりどりのマスコットが愛らしい真ん丸な瞳で百合香を見つめていた。
「可愛い……」
 赤いものを手に取って、くるりと(てのひら)で転がして値札を見た百合香は、そっとそれを元の場所へ戻した。
 千円しなかったけれど、まだ自分は仕事の見つかっていない身。
 しばらくの間は貯金を切り崩して生活しなければいけないことを思うと、無駄使いは出来なかった。
(仕事、決まったら買おう)
 新しい住まいが見つかったら、そのカギにこれを付けてもいいかもしれない。
 ちょっとだけ後ろ髪を引かれながらも、(きびす)を返したと同時――。
(……また)
 誰かに見られているような気がした。
 ゆっくり振り返る。
 店先を行き交う人々。
 笑い合う人たち。
 観光客、家族連れ、恋人同士と思しき人々。

 誰一人として、自分を見ている人はいない。
(気のせい、だよね?)
 百合香は小さく首を傾げると、再び市場の出口へ向かって歩き出した。


***


 唐戸市場をあとにした百合香は、タクシーで通った道を思い返しながら、ゆっくりと下関駅方面へと歩を進める。
(……?)
 途中、何度か振り返った。
 やっぱり誰かに見られているような気がしたからだ。
 けれど、目に映るのは通りを行き交う人たちばかり。
(考えすぎ、だよね?)
 雄二が今頃、いなくなった自分を探してくれているかもしれない。
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