それぞれの幸せ
 静まり返った部屋に、携帯の振動音が響いた。
 表示された名前は、佐山。
 雄二は小さく息を吐き、通話へ切り替える。

『いま、ホテルを出られました』

 百合香の部屋を見回しながら、雄二は低く問い掛ける。
「どこへ向かってる?」
『この時間でこっちの方角ってことは……おそらく唐戸市場(からといちば)かと』
 どうやらタクシーの中らしい。
 佐山は運転手に百合香の乗ったタクシーを追うように頼んでいるとのことだった。
「一人だったか?」
 百合香に限って浮気などはないと分かっている。分かっていても、手の届かない所に百合香がいると思うと、聞かずにはいられなかった。
『――え?』
 思わず問うた言葉に、佐山の間の抜けたつぶやきが返る。バカな嫉妬心を悟られたかもしれないと思ったが、弁解するつもりはない。
 百合香のことを未練がましく佐山に追わせている時点で、彼女への想いを誤魔化すことが出来ないことは、明白なのだ。
『……安心してください。接触者は確認できませんでした』
 次に返ってきた佐山の声は、いつも通りだった。
 余計な感情を挟まず、雄二の言葉の真意を問おうとはしない声。見たものだけを、淡々と報告してくる佐山に、雄二は小さく笑みをもらした。

 今日は雪絵や百香と会うことになっている。
 佐山だけが頼りだ。

 二人に会っている間、携帯は鳴らないようにしてあった。
 佐山にもそれは伝えてあったので、百香と別れたあと取り出した携帯には、佐山からのメッセージがいくつか届いていた。

『市場内で、ふぐのほぐし身が入った瓶詰を1セット購入』

 雄二はわずかに目を伏せる。
(しろへの供え(もん)か)
 百合香なら、知らない土地へ行っても、きっとしろに何かを供えようとする。
 自分が食べるものより先に、しろのことを考える。
 その姿が、嫌になるほど鮮明に浮かんだ。

『赤いふくだるまを手に取って悩んでおられましたが、買わずに棚へ』

(ふくだるま?)
 見慣れない文言にウェブ検索で調べてみると、コロンとしたまん丸なフグのマスコットがヒットした。
 いかにも百合香が好きそうなキャラクターに、小さく吐息が落ちる。
 なんていうことのない報告。むしろなくてもいいくらいの些細な内容だ。
 だが、わざわざ佐山がそれを伝えてきたということは――。

「百合香。ホント、お前はいつもそうだな」

 他者へのものは惜しみなく買うくせに自分のものは躊躇する。
 そんなところも含めて百合香を愛しく思う雄二だったけれど、自分の手の届かないところで百合香が自分を殺して我慢しているのだと思うと、いたたまれない思いがした。

『徒歩で下関駅方面へ』
『駅最寄りのショッピングモール内、DOCONO(ドコノ)ショップへ入店』

 雄二の指が、携帯を握る力を強めた。
 佐山の番号を呼び出しコールする。
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