それぞれの幸せ
「……今も携帯ショップか?」
『はい。遠巻きにしてるので詳細は不明ですが、新しい機種を選んでおられるようでした』

 百合香は、もしかしたら自分が持たせていた携帯を解約しようとしたのかもしれない。
 新規契約ならば、わざわざ料金の高いDOCONOを選ぶ理由はないはずだし、百合香の性格を思えば、格安スマホを選ぶだろうと思えた。
 だが、それをせず、DOCONOで新規契約をしたということは……。
(俺の契約だったから解約できず、やむを得ず……か)
 自分との縁を切るため、携帯を解約しようとしたが、出来なかった。だが携帯は必要だから新規で契約をした。
 おそらくはそんなところだろう。

「その後は」
『ホテルへ戻られました。部屋番号も確認済みです』

 雄二は息を吐く。

 百合香は、自分との繋がりを断つために携帯をどうにかしようとした。
 散々送ったメッセージは、未だ既読にならないままだ。残した留守電も聴いてはいないだろう。
 百合香はそういう女だ。

「佐山」
『はい』
「絶対に見失うな。だが、近付きすぎるな」
『承知しています』
「何かあれば、すぐに知らせろ」
『はい』

 通話が切れた後も、雄二はしばらく携帯を見つめていた。

 暗くなった画面に、自分の顔が映っている。

 この携帯から何度も連絡を取った百合香の連絡先は、死んではいないが、彼女には繋がらないと悟った。
 その事実が、雄二の胸を締め付ける。

 役所で離婚届を提出した後、雄相会(ゆうそうかい)へ戻った雄二は、最低限の指示だけを残し、新幹線へ乗った。

 座席へ腰を下ろしても、身体の奥は落ち着かなかった。
 車窓の外へ視線を向けても、景色はほとんど流れていかない。
 トンネルに入れば窓は黒くなり、そのたびに自分の顔だけがぼんやり映る。

 ひどい顔だと思った。

 眠っていない。
 食べてもいない。
 それでも、不思議と疲れは感じなかった。

 ただ、焦りだけがあった。

 早く会いたい。
 今すぐ百合香の前に立ちたい。
 無事な顔を見たい。
 声を聞きたい。

 携帯を開く。

 百合香へ送ったまま、未読のメッセージが並んでいた。
 何度も送った言葉。
 恐らくは届いてすらいない数々の言葉。

 雄二は新しい入力欄を開いた。

 指先が動く。

『百合香』

 それだけ打って、止まった。
 続きは出てこなかった。

 謝りたい。
 迎えに行くと言いたい。
 離婚したことも、雪絵と話をつけたことも、全部伝えたい。

 だが、それを画面に打ち込んだところで何になるというのだろう。

 百合香がこれまで見なかった言葉を、また一つ増やすだけだ。

 今度は画面越しではなく、ちゃんと目を見て話す。
 雄二は入力した文字を消して、携帯を閉じた。
< 133 / 146 >

この作品をシェア

pagetop