それぞれの幸せ
車内アナウンスが流れる。
レールの振動が、足元から鈍く伝わってくる。
下関へ近付くほど、胸の奥の焦りは濃くなった。
ホテルに着いた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ロビーの隅に佐山が立っていた。
雄二を見るなり、静かに頭を下げる。
「百合香は」
「部屋に戻られた後、外出はありません」
雄二は頷く。
同じホテルへチェックインを済ませる。
フロントの照明は柔らかく、ビジネスマンらしき者たちが小さな声で話していた。
そのすべてが、ひどく遠く感じられた。
部屋のカードキーを受け取り、雄二はエレベーター前へ向かう。
佐山が隣に立った。
「百合香さんの部屋番号は……」
佐山が小声で告げる。
数十メートル先。
同じ建物の中。
同じ階か、違う階か。
いずれにせよ、今エレベーターへ乗れば、すぐにでも百合香の前へ立てる距離だった。
「今から迎えに行かれますか?」
佐山の問いに、雄二はすぐには答えなかった。
行きたい。
今すぐ行きたい。
扉を叩いて、百合香の名前を呼びたい。
驚いた顔をする彼女を前にした瞬間、きっと抱き締める。
腕の中へ閉じ込めて、何も言わせないままに、唇を塞ぐ。
そこまで、容易に想像できたし、その先も分かっていた。
抱き締めれば、離せなくなる。
ようやく見つけた百合香を、また失うのが怖くて、きっと自分の想いばかりを押し付ける。
百合香の気持ちを聞く前に。
百合香がどうしたいのかを知る前に。
離婚したことも。
雪絵と話をつけたことも。
謝るべき言葉さえ。
全部、後回しにして彼女を求めてしまうだろう。
それだけはダメだ。
百合香は逃げた。
逃げるしかなかった。
そうさせたのは、自分だ。
ならば、今度こそ順番を間違えてはいけない。
雄二は長く息を吐いた。
「……いや。明日の朝にする」
佐山は一瞬だけ雄二を見た。
だが、何も聞かなかった。
「承知しました」
雄二はエレベーターの扉を見つめる。
この建物のどこかに、百合香がいる。
同じホテル。
わずか数十メートルの距離。
けれど、その夜の数十メートルは、これまでで一番遠い距離だった。
部屋に入っても、眠れるはずがなかった。
照明を消しても、目は冴えたままだった。
ベッドへ横になり、天井を見つめる。
耳を澄ませても、聞こえるのは空調の微かな音だけだ。
百合香は眠れているだろうか。
知らない街で。
慣れないホテルで。
しろの遺骨を傍に置いて。
一人で、どんな夜を過ごしているのだろう。
部屋番号は知っている。
今からでも行ける。
廊下へ出て、エレベーターに乗って、扉の前に立てばいい。
レールの振動が、足元から鈍く伝わってくる。
下関へ近付くほど、胸の奥の焦りは濃くなった。
ホテルに着いた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ロビーの隅に佐山が立っていた。
雄二を見るなり、静かに頭を下げる。
「百合香は」
「部屋に戻られた後、外出はありません」
雄二は頷く。
同じホテルへチェックインを済ませる。
フロントの照明は柔らかく、ビジネスマンらしき者たちが小さな声で話していた。
そのすべてが、ひどく遠く感じられた。
部屋のカードキーを受け取り、雄二はエレベーター前へ向かう。
佐山が隣に立った。
「百合香さんの部屋番号は……」
佐山が小声で告げる。
数十メートル先。
同じ建物の中。
同じ階か、違う階か。
いずれにせよ、今エレベーターへ乗れば、すぐにでも百合香の前へ立てる距離だった。
「今から迎えに行かれますか?」
佐山の問いに、雄二はすぐには答えなかった。
行きたい。
今すぐ行きたい。
扉を叩いて、百合香の名前を呼びたい。
驚いた顔をする彼女を前にした瞬間、きっと抱き締める。
腕の中へ閉じ込めて、何も言わせないままに、唇を塞ぐ。
そこまで、容易に想像できたし、その先も分かっていた。
抱き締めれば、離せなくなる。
ようやく見つけた百合香を、また失うのが怖くて、きっと自分の想いばかりを押し付ける。
百合香の気持ちを聞く前に。
百合香がどうしたいのかを知る前に。
離婚したことも。
雪絵と話をつけたことも。
謝るべき言葉さえ。
全部、後回しにして彼女を求めてしまうだろう。
それだけはダメだ。
百合香は逃げた。
逃げるしかなかった。
そうさせたのは、自分だ。
ならば、今度こそ順番を間違えてはいけない。
雄二は長く息を吐いた。
「……いや。明日の朝にする」
佐山は一瞬だけ雄二を見た。
だが、何も聞かなかった。
「承知しました」
雄二はエレベーターの扉を見つめる。
この建物のどこかに、百合香がいる。
同じホテル。
わずか数十メートルの距離。
けれど、その夜の数十メートルは、これまでで一番遠い距離だった。
部屋に入っても、眠れるはずがなかった。
照明を消しても、目は冴えたままだった。
ベッドへ横になり、天井を見つめる。
耳を澄ませても、聞こえるのは空調の微かな音だけだ。
百合香は眠れているだろうか。
知らない街で。
慣れないホテルで。
しろの遺骨を傍に置いて。
一人で、どんな夜を過ごしているのだろう。
部屋番号は知っている。
今からでも行ける。
廊下へ出て、エレベーターに乗って、扉の前に立てばいい。