それぞれの幸せ
「新しい携帯も契約した」
「……ああ」
「全部終わらせるつもりだった」

 しゃくり上げながら続ける。

「しろだけ連れて……誰も知らない場所で、一人で生きていこうって」

 少しだけ俯く。

「でも」

 嗚咽が込み上げる。

「本当は……」

 もう誤魔化せなかった。

「本当は、雄ちゃんに見つけてほしかった……」

 部屋が静まり返る。
 雄二はゆっくりと百合香を抱き寄せた。

「見つけた」

 たった一言。
 それだけで、百合香は泣き崩れた。
 雄二はそっとポケットへ手を入れる。思えばそこだけ不自然に膨らんでいたけれど、服装自体がいつもみたいにビシッと整っていないから、逆に目立たなかった。

「あと、これ」

 そのふくらみを抜き取って、百合香へ差し出してくる。大きく膨らんだ、小さな包み。
 わけも分からないままに受け取って雄二を見上げたら、無言で頷かれた。
 シールを外して取り出してみると、中に入っていたのは小さな赤いふくだるまのキーホルダーだった。

「これ……」

 思わず息を呑む。
 昨日、唐戸市場で手に取ったもの。
 欲しかった。
 でも戻した。

「佐山から聞いた」

 雄二が穏やかに言う。

「市場で、お前が手に取ってたって」

 百合香は泣き濡れた顔のまま雄二を見上げた。

「欲しかったの」

 でも、と首を振る。

「今の私には贅沢だと思って……」
「ああ、そんなことだろうと思った」

 雄二は百合香の涙をそっと指先で拭うと、小さく笑った。

「だから佐山に頼んだんだ。買っといてくれって」

 百合香がふくだるまを見つめる。
 その下で、小さく何かが揺れた。

「……え?」

 見覚えのある鍵。

「これ……」
「お前の部屋の鍵だ」

 雄二が静かに答える。

「部屋へ行った時、郵便受けの中で見つけた」

 百合香は息を呑む。

 自分でキーホルダーから外し、郵便受けへ入れた。
 もう戻らないという決意の証として――。

「必要だろ?」

 雄二は百合香の手をそっと包む。

「俺は……これを持って、百合香に戻って来て欲しいと思ってる。だが――」

 そこで言葉を切って、百合香をじっと見つめた。

「決めるのはお前自身だ」

 百合香は手へ視線を落とす。

 ふくだるま。
 そして、その下で揺れる鍵。

 涙で滲んだ視界の向こうで、ひょうきんな顔が百合香を見上げている。

「……雄ちゃん」

 震える声が漏れる。

「私……」

 鍵を胸へ抱き締める。

「本当に……戻ってもいいの?」

 雄二は少し困ったように笑った。

「そうしてくれないと……このありさまだ」

 そこで散々百合香にダメ出しを食らった自分を見て、吐息を落とした。

「……俺が困る」

 その一言で、百合香の心を縛っていたものが音を立ててほどけた。

「……っ」

 百合香は自分から雄二の腰にギュッと腕を絡めた。
 雄二が何も言わず、その身体を力強く抱き締め返してくれる。

 百合香の指先、雄二の背後でゆらゆらと揺れる赤いふくだるま。
 そこに付けられた鍵は、もう別れを告げるための鍵ではなかった。
 二人で帰る場所へ繋がる鍵になっていた。
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