それぞれの幸せ

第7節 桐生百合香『あとのお楽しみ?』*

「何となく分かってると思うが……佐山も下関(こっち)へ来てる」
 百合香は、時折感じていた視線は佐山のものだったのだと改めて実感させられたとともに……結構早い段階で居場所(ここ)がバレていたんだと分かって、小さく吐息を落とした。
「私……詰めが甘かったのね」
「そのおかげでこうして会えた」
 雄二は百合香の頬を優しく撫でると、佐山へ電話を掛けた。

 雄二とともに下へ降りると、ホテルのロビーに佐山が立っていた。
「佐山くん……」
 複雑な気持ちで呼び掛けた百合香に、
「俺が余計なことをしたせいで……ホントすみませんでした!」
 佐山が勢いよく頭を下げてくる。
 百合香はそんな佐山に、
「あ、あの……それは……前にも言った通り、私、元々雄ちゃんの前からは姿を消すつもりでいたの。……佐山くんのせいじゃないよ?」
 慌ててそう言い募ってみたのだが、当の本人はどうにも収まりが付かないらしい。
「それでも! ……俺の言葉が百合香さんの背中を押したことに変わりはありません!」
 なかなか頭を上げてくれない佐山に、百合香が弱り顔で隣の雄二を見上げたら、雄二が助け船を出してくれた。
「佐山。お前、こんな人目の多いところで、いつまでそんなことをしているつもりだ」
 顔を上げろとも、許すとも告げなかった雄二だったけれど、効果は覿面(てきめん)
 佐山がやっとこちらを向いてくれた。
「あのね、佐山くん。もう謝らないで欲しいの……」
 そこで百合香は雄二の腕に、ギュッとしがみついて見せる。
「雨降って地固まる……だから」
 百合香のその言葉に、佐山が一瞬だけ泣きそうな顔をして、「……良かった」とつぶやいた。
 百合香はそれだけで、この子にも相当心配を掛けたのだと思って……。
「私の方こそ、たくさん心配かけてごめんね?」
 無意識のうちに佐山へそんな言葉を掛けていた。
 どこか苦手だと思っていた佐山のことを、今はちっともそんな風には思えなくて……そのことが百合香はすごく嬉しかった。


***


「それじゃあ俺、ひと足先に戻りますんで」
 穏やかに笑って一礼する佐山に、百合香も慌てて頭を下げた。
「気を付けて帰ってね」
「はい。百合香さんは……カシラと……少しゆっくりされてから戻られてください」
 その言葉に照れ臭くなって雄二を見ると、彼が小さく頷いた。
(――私、本当にもう、堂々と雄ちゃんの隣にいていいんだ)
 周りからもそう認めてもらえているんだと実感できただけで、胸が温かくなる。

「——それじゃあ」
 それを見届けたように踵を返した佐山を、雄二が呼び止めた。
「はい?」
 佐山が振り返ると、雄二は百合香へ一瞬だけ視線を向け、それから佐山の方へ近づいた。
 そうして、二人は百合香には聞こえないくらいの小さな声で、二言三言……。
(何かな……?)
 懸命に聞き耳を立てると、会話の終わりだけが耳に届いた。
「……任せてください」
 佐山が力強く頷く。
 その返事に、雄二も満足そうに小さく頷いた。

 そして少し声を張る。

「帰ったら連絡する。十八時までには戻る予定だ」
「承知しました」

 佐山は深く頭を下げると、
「それでは失礼します」
 今度こそそう言い残して、ホテルを後にした。
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