それぞれの幸せ
外で、タイヤが砂利を乱暴に踏みしめる音がした。
エンジン音が近づき、家の前で止まると、ヘッドライトの光が百合香の背中越しに室内へ差し込み、玄関先に濃い陰影を落とす。
雄二は咄嗟に百合香を奥へ入れると、玄関扉へ手を伸ばした。
だが、あとわずかで完全に閉ざされるというところで阻止されてしまう。
僅かな隙間に、節くれだった指が差し込まれていた。
ギギ……と、レールが軋む。
空気が一瞬で冷えたように感じられた。
――嫌な音だ。
次の瞬間、玄関扉がド派手な音を立てて、無理やり全開にされてしまう。
「わたくしらが来たのに気が付いていながら、戸を閉めようとするだなんて……あんまりじゃないですかぁ、《《雄二さぁーん》》」
その声は、戸に手を掛けている男のものではなかった。
もっと奥――外灯の薄明かりの中、車の脇に立つ黒い影がゆっくりと前へ出てくる。
前に立つ男が扉を押さえたまま、後ろの男に目で合図を送った。
その瞬間、外の空気が張り詰める。
月明かりと工場の裸電球、そして車のヘッドライトに照らされて現れたのは、黒いスーツを着た男だった。
戸を押さえている男も、後から悠々とやって来た男も、どちらも短髪で、無駄のない体つき。手前の男のこめかみには、古い傷跡が白く走っている。
もう一人――背後の男は、首元に数本の金のネックレスを光らせながら、にんまりと口角を引き上げた。
玄関の戸を押さえた男の横をすり抜けたもう一人が、雄二とくっ付きそうなくらい距離を詰めてくる。
その動作に、雄二の陰になった八重子と百合香の息が詰まる気配が伝わった。
「対面では初めましてぇ。電話でもお話ししましたが……わたくし、ネクサスファイナンスの坊野と申しますぅ」
笑顔のまま間延びしたように告げられたセリフだったけれど、声の温度だけは氷のように冷たかった。
それは、丁寧な言葉を心掛けるようにしつつも、相手を心理的に疲弊させる〝武器〟として使うことに慣れている人間の物言いだった。
「いやぁ、お父様がわたくしどもに借金を遺したままお亡くなりになったと《《風の噂》》で聞いたんですけどねぇ、どうやら本当のようだ」
規制線テープをちらりと見遣ると、「ご愁傷様です」と感情のこもっていない口先だけのお悔やみを述べる。
「それで……さっそくなんですが皆さんはご存知ですかぁ? お父さんが亡くなられても連帯保証人は八重子さんと雄二さんに相続されちゃうんですよぉ」
坊野の視線が雄二と、その後ろの女性陣ふたりを舐めるように動く。
「……うちとしても借りた人間に逃げられたうえ、連帯保証人の幸太郎さんにまで死なれたわけですからぁ、あなたがたお二人にまで逃げられるわけにはいかないんですよねぇ」
そこでふと百合香に目を留めると、坊野の唇の端がにんまりと持ち上がった。
「おやぁ? ひょっとしてそちらにいらっしゃる別嬪さんは雄二さんの恋人さんですかぁ?」
「あなたには関係ありません!」
気丈にも、百合香が坊野に反論する。それを聞くなり坊野がククッと笑った。
「気が強い女性、嫌いじゃないですよ。そういうのを力づくで押さえつけて言うこと聞かせるのが好きって御人もいらっしゃいますからねぇ」
坊野がスッと動いて雄二の背後の百合香を覗き込もうとする。
「雄二……」
八重子が百合香を庇っているんだろう。雄二の背中越しに震える声で息子の名を呼んだ。
雄二はその声にグッと拳を握ると、すぐそばの坊野を玄関外へ押し出す。
エンジン音が近づき、家の前で止まると、ヘッドライトの光が百合香の背中越しに室内へ差し込み、玄関先に濃い陰影を落とす。
雄二は咄嗟に百合香を奥へ入れると、玄関扉へ手を伸ばした。
だが、あとわずかで完全に閉ざされるというところで阻止されてしまう。
僅かな隙間に、節くれだった指が差し込まれていた。
ギギ……と、レールが軋む。
空気が一瞬で冷えたように感じられた。
――嫌な音だ。
次の瞬間、玄関扉がド派手な音を立てて、無理やり全開にされてしまう。
「わたくしらが来たのに気が付いていながら、戸を閉めようとするだなんて……あんまりじゃないですかぁ、《《雄二さぁーん》》」
その声は、戸に手を掛けている男のものではなかった。
もっと奥――外灯の薄明かりの中、車の脇に立つ黒い影がゆっくりと前へ出てくる。
前に立つ男が扉を押さえたまま、後ろの男に目で合図を送った。
その瞬間、外の空気が張り詰める。
月明かりと工場の裸電球、そして車のヘッドライトに照らされて現れたのは、黒いスーツを着た男だった。
戸を押さえている男も、後から悠々とやって来た男も、どちらも短髪で、無駄のない体つき。手前の男のこめかみには、古い傷跡が白く走っている。
もう一人――背後の男は、首元に数本の金のネックレスを光らせながら、にんまりと口角を引き上げた。
玄関の戸を押さえた男の横をすり抜けたもう一人が、雄二とくっ付きそうなくらい距離を詰めてくる。
その動作に、雄二の陰になった八重子と百合香の息が詰まる気配が伝わった。
「対面では初めましてぇ。電話でもお話ししましたが……わたくし、ネクサスファイナンスの坊野と申しますぅ」
笑顔のまま間延びしたように告げられたセリフだったけれど、声の温度だけは氷のように冷たかった。
それは、丁寧な言葉を心掛けるようにしつつも、相手を心理的に疲弊させる〝武器〟として使うことに慣れている人間の物言いだった。
「いやぁ、お父様がわたくしどもに借金を遺したままお亡くなりになったと《《風の噂》》で聞いたんですけどねぇ、どうやら本当のようだ」
規制線テープをちらりと見遣ると、「ご愁傷様です」と感情のこもっていない口先だけのお悔やみを述べる。
「それで……さっそくなんですが皆さんはご存知ですかぁ? お父さんが亡くなられても連帯保証人は八重子さんと雄二さんに相続されちゃうんですよぉ」
坊野の視線が雄二と、その後ろの女性陣ふたりを舐めるように動く。
「……うちとしても借りた人間に逃げられたうえ、連帯保証人の幸太郎さんにまで死なれたわけですからぁ、あなたがたお二人にまで逃げられるわけにはいかないんですよねぇ」
そこでふと百合香に目を留めると、坊野の唇の端がにんまりと持ち上がった。
「おやぁ? ひょっとしてそちらにいらっしゃる別嬪さんは雄二さんの恋人さんですかぁ?」
「あなたには関係ありません!」
気丈にも、百合香が坊野に反論する。それを聞くなり坊野がククッと笑った。
「気が強い女性、嫌いじゃないですよ。そういうのを力づくで押さえつけて言うこと聞かせるのが好きって御人もいらっしゃいますからねぇ」
坊野がスッと動いて雄二の背後の百合香を覗き込もうとする。
「雄二……」
八重子が百合香を庇っているんだろう。雄二の背中越しに震える声で息子の名を呼んだ。
雄二はその声にグッと拳を握ると、すぐそばの坊野を玄関外へ押し出す。