それぞれの幸せ
「あ、それと……」
 ややして佐山はポケットから一本の鍵を取り出した。
「これ、下関で預かってたものです」
 雄二へ差し出されたキーを見て、百合香はやっと腑に落ちた。
(……そっか)
 下関で雄二が佐山へなにか話していた時、この部屋の鍵も渡していたのだ。
 だから佐山はエントランスを通り、そのまま部屋の前まで来られたんだろう。

 雄二は鍵を受け取ると、何も言わずスーツの内ポケットへ仕舞った。

「じゃあ俺はこれで」
 佐山が一歩下がったのを見て、百合香が思わず「お茶でも……」と言うと、彼はフルフルと首を振った。

「今日はさすがに長居しません」
「そうしてくれ」

 雄二が即座に返すのをみて、百合香は「雄ちゃん!」と(とが)めたが素知らぬ顔をされてしまう。

 佐山はそんな二人を見て、クスクス笑った。

「お茶はまた今度……俺に出させてください」
「えっ?」
雄相会(ゆうそうかい)の事務所で待ってます」

 玄関先へ置いたままになっていた紙袋へ視線を投げかけられて、土産を持って行ったときにってことかな? と思った百合香は「目ざといなぁ」と顔をほころばせた。
 へへッと悪戯っぽく笑った佐山は、雄二へ向き直ると、深く一礼する。

 扉が閉まり、玄関には二人だけが残った。

 雄二は手にしていた紙袋を百合香へ差し出す。

「ほら」
「……?」

 不思議に思いながら受け取って中を覗き見ると、淡いピンク色のチューリップが入っていた。
 九本の花が寄り添うように束ねられたそれは、芽生が託してくれた花嫁のブーケにどことなく《《似て》》いた。

 百合香は思わず息を呑む。
 中からそっと取り出すと、柔らかな花の香りが、ふわりと漂った。

「綺麗……」

 胸へ抱き寄せると、雄二は少しだけ視線を逸らした。
「ここへ置いてあった花じゃなくて悪いが」
 その一言で、百合香はすべてを理解した。

 ここへ置き去りにした、あの花。
 雄二はダメになってしまったであろうブーケの代わりに、わざわざこれを用意してくれたのだ。

「ううん」
 百合香は何度も首を横に振る。
「嬉しい……すごく嬉しい」

 涙が滲む。

「そうか。なら良かった」
 雄二は照れ隠しみたいに眼鏡の位置を直した。

「……けど……やっぱり、これも九本なんだね」

 百合香が花束を見つめながら呟くと、雄二は少しだけ間を置いてから口を開いた。

「……あの男にも勧めたが」
「あの男?」
「九本の花束には、〝永遠に一緒に〟って意味がある」

(あの男って……相良(さがら)さんのこと……?)

 そう思ったけれど、それを尋ねるより先に、その言葉が胸の奥へ静かに染み込んでいく。

 永遠に、一緒に――。

 ずっと願いたくても、願えなかった未来。

「雄ちゃん……」

 震える声で名前を呼ぶと、雄二は居心地が悪そうに視線を逸らした。

「花屋の受け売りだ」

 聞いてもいないのに付け加えられた言い訳が、いかにも雄二らしくて……。
 百合香は涙を浮かべたまま、小さく笑った。
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