それぞれの幸せ
三井が運転する車に乗るのは約二〇年ぶりだけど、あのころと変わらない感じがなんだか懐かしくて嬉しい。
いつもは後部シートから、ルームミラー越しにこちらを気にする三井と話しながらのドライブだった。
でも今日は初めて横に座った。
それが、少し新鮮だった。
「一応佳代おばちゃんに、三井と少しだけドライブしてから迎えに行くって伝えておくね」
「はい、お願いします」
ふと、雄二は百香とどんな話をしているんだろう? と気になった雪絵だったけれど、カバンからスマートフォンを取り出しながら、そんな気持ちを頑張って追い払う。
雄二は〝今は〟百香に真実を告げないと言ってくれた。言葉少なくて……何を考えているのか読みづらい人だったけれど、約束だけは違えたことのない男だった。
それを信じるしかない……。
ギュッとスマートフォンを握って、電話帳から『佳代おばちゃん』を呼び出し、用件を伝える。
佳代は、今ちょうど、雄二と百香が話しているところだから、自分は少しだけ離席していると教えてくれた。
雪絵から嘘を吹き込まれた百香は、雄二にどんな態度を取っているだろう。
考えただけで、胸の奥がチクリと痛んだ。
通話を終えて小さく吐息を落としたと同時、
「……まだ持っていてくださったんですね」
三井が小さく呟いた。
「え?」
完全に気持ちを電話の向こう側に持っていかれていた雪絵は、不意打ちのような三井からの言葉に思わず間の抜けた声を出す。
そうして三井の視線を辿り、雪絵は自分が手にしたスマートフォンのカバーから下がっているものへ目を向けた。
そこには、小さな蜻蛉玉のストラップが揺れていた。
淡い桃色の硝子玉に、白い花模様が浮かんでいる。
「ああ、これ?」
雪絵は指先で蜻蛉玉をそっとつまんだ。
「だって、三井と一緒にいたころ、初詣のたびに毎年ひとつずつ増えていたから……」
蜻蛉玉付き御籤。
三井は毎年、まるで決まり事みたいにそのおみくじを引いて、ついてきた蜻蛉玉を雪絵へ渡してくれた。
その年の運勢が良くても悪くても、蜻蛉玉だけは必ず手元へ残った。
いくつかは使ううちに壊れてしまった。けれど、それでも十歳から二十歳まで、三井と過ごすうちに溜まった一〇年分の蜻蛉玉は新品のものも含めて、まだいくつか残っている。
「全部は持ち歩けないけど、たまに気分転換もかねて、付け替えてるの。これは今年選んだものよ」
三井は目を伏せ、わずかに口元を緩めた。
「そうだったんですね……」
「三井が買ってくれたものだったから……捨てられないじゃない。神社のものでもあったし……」
何気なく答えたつもりだった。
けれど三井は、ハンドルを握ったまま、何も言わなくなってしまった。
「三井?」
「……あー、いや」
運転席に座ったまま、三井はしばらく何かを迷うように黙り込んでいた。
やがて意を決したように、ダッシュボードへ手を伸ばす。
「実は……」
取り出したのは、小さな木箱だった。
「何?」
「渡せるはずなんてないって思いながら、ずっと溜めてしまっていたんです」
三井は箱を両手で持ち、雪絵へ差し出す。
「俺が持っていても仕方のないものですから……その、迷惑でなければ……もらってください」
「私に?」
「はい」
受け取ると、手のひらへずっしりと重みが伝わってきた。
雪絵は怪訝に思いながら、ゆっくりと蓋を開ける。
いつもは後部シートから、ルームミラー越しにこちらを気にする三井と話しながらのドライブだった。
でも今日は初めて横に座った。
それが、少し新鮮だった。
「一応佳代おばちゃんに、三井と少しだけドライブしてから迎えに行くって伝えておくね」
「はい、お願いします」
ふと、雄二は百香とどんな話をしているんだろう? と気になった雪絵だったけれど、カバンからスマートフォンを取り出しながら、そんな気持ちを頑張って追い払う。
雄二は〝今は〟百香に真実を告げないと言ってくれた。言葉少なくて……何を考えているのか読みづらい人だったけれど、約束だけは違えたことのない男だった。
それを信じるしかない……。
ギュッとスマートフォンを握って、電話帳から『佳代おばちゃん』を呼び出し、用件を伝える。
佳代は、今ちょうど、雄二と百香が話しているところだから、自分は少しだけ離席していると教えてくれた。
雪絵から嘘を吹き込まれた百香は、雄二にどんな態度を取っているだろう。
考えただけで、胸の奥がチクリと痛んだ。
通話を終えて小さく吐息を落としたと同時、
「……まだ持っていてくださったんですね」
三井が小さく呟いた。
「え?」
完全に気持ちを電話の向こう側に持っていかれていた雪絵は、不意打ちのような三井からの言葉に思わず間の抜けた声を出す。
そうして三井の視線を辿り、雪絵は自分が手にしたスマートフォンのカバーから下がっているものへ目を向けた。
そこには、小さな蜻蛉玉のストラップが揺れていた。
淡い桃色の硝子玉に、白い花模様が浮かんでいる。
「ああ、これ?」
雪絵は指先で蜻蛉玉をそっとつまんだ。
「だって、三井と一緒にいたころ、初詣のたびに毎年ひとつずつ増えていたから……」
蜻蛉玉付き御籤。
三井は毎年、まるで決まり事みたいにそのおみくじを引いて、ついてきた蜻蛉玉を雪絵へ渡してくれた。
その年の運勢が良くても悪くても、蜻蛉玉だけは必ず手元へ残った。
いくつかは使ううちに壊れてしまった。けれど、それでも十歳から二十歳まで、三井と過ごすうちに溜まった一〇年分の蜻蛉玉は新品のものも含めて、まだいくつか残っている。
「全部は持ち歩けないけど、たまに気分転換もかねて、付け替えてるの。これは今年選んだものよ」
三井は目を伏せ、わずかに口元を緩めた。
「そうだったんですね……」
「三井が買ってくれたものだったから……捨てられないじゃない。神社のものでもあったし……」
何気なく答えたつもりだった。
けれど三井は、ハンドルを握ったまま、何も言わなくなってしまった。
「三井?」
「……あー、いや」
運転席に座ったまま、三井はしばらく何かを迷うように黙り込んでいた。
やがて意を決したように、ダッシュボードへ手を伸ばす。
「実は……」
取り出したのは、小さな木箱だった。
「何?」
「渡せるはずなんてないって思いながら、ずっと溜めてしまっていたんです」
三井は箱を両手で持ち、雪絵へ差し出す。
「俺が持っていても仕方のないものですから……その、迷惑でなければ……もらってください」
「私に?」
「はい」
受け取ると、手のひらへずっしりと重みが伝わってきた。
雪絵は怪訝に思いながら、ゆっくりと蓋を開ける。