それぞれの幸せ
「……え?」

 中には、色とりどりの蜻蛉玉が収められていた。

 赤。
 青。
 黄色。
 緑。
 紫。

 ひとつひとつ色や模様が微妙に異なるそれらに、雪絵は見覚えがあった。

「これ……あの神社のおみくじの……」
「はい」

 雪絵は震える指先で、ひとつずつ数え始めた。

 一つ。
 二つ。
 三つ。

 十を越えたあたりで、胸の奥がざわつき始める。

 そして最後のひとつへ指先が触れた時、雪絵は息を呑んだ。

「……十九個」

 三井は何も言わない。

「どうして……」

 答えは、もう分かっていた。
 それでも聞かずにはいられなかった。

「私たちが会わなくなってからも……毎年、買ってたの?」
「はい」

 三井は静かに頷いた。

「初詣へ行くたびに、つい癖で……」
「一度も……忘れなかったの?」
「忘れられるわけないじゃないですか」

 当たり前のことのように返されて、雪絵は言葉を失った。

 当たり前のことだが、三井と離れてからも月日は変わらず流れ続け、正月が来るたび、雪絵は雄二や百香と新しい年を迎えてきた。
 三井と通った神社へも、雄二たちと行ったことがある。
 でも、一度も三井に会うことはなかったのだ。
 なのに、雪絵の知らない所で、その間も三井はあの神社へ足を運び続けていたらしい。

 一年にひとつ。
 雪絵へ渡せるあてもない蜻蛉玉付き御籤(みくじ)を、十九年分。
 年が明ければ、きっと二十個目が増えるところだったんだろう。

「……馬鹿ね」
 声が震えた。
「こんなに……どうするつもりだったの?」
「分かりません……。ただ、どうしても買うのをやめられなかったんです」
 三井の声に、雪絵は手にした箱をギュッと握りしめる。
「……渡せるあてなんてなかったくせに……。ホント、馬鹿」
 雄二と離婚することにならなければ、三井は雪絵の前に姿を現すことはなかったのだ。それが分かっていてなお、これを買い続けていた三井の想いが、切ないくらいに雪絵の胸を震わせる。
「……すみません」
 三井は少しだけ困ったように笑った。

 雪絵は木箱の中へ視線を落とす。
 十九個の蜻蛉玉。
 二人が離れてから流れた年月が、そのまま形になって並んでいた。

「来年の初詣は……」
 三井の声に、雪絵は顔を上げる。
「また一緒に行ってもらえませんか?」
「……私と?」
「はい。あー、もちろん……百香ちゃんも一緒に」

 三井は真っ直ぐ雪絵を見つめていた。

「二十個目は、雪絵さんの隣で買いたいんです」
 小さな声で、
「……昔みたいに」
 そう付け加えられた瞬間、雪絵の視界が滲んだ。

 三井は、何も変わっていなかった。
 二十年という歳月を挟んでも、ずっと、あの日のまま――。

「……三井」

 声が震える。
 胸がいっぱいで、うまく言葉にならない。
 それでも。

「……うん」

 その一言だけは、ちゃんと伝えられた。

 三井は、ほっとしたように目元を緩める。

「ありがとうございます」

 それから二人の間に、しばらく静かな時間が流れた。

 雪絵は膝の上へ置いた木箱に、そっと視線を落とす。
 十九個の蜻蛉玉(とんぼだま)。
 二人が離れていた十九年分の時間が、小さな硝子玉になってそこへ収められている。
 年が明ければ、その隣に二十個目が並ぶ。

 今度は三井と一緒に選んだものが。

 そう思うと、嬉しかった。

 嬉しい、はずなのに――。

 なぜだろう。

 先ほど佳代と交わした電話が、また頭の中に蘇った。

 今ちょうど、雄二と百香が話している。

 そう聞いた時から、胸の奥へ引っ掛かったままになっているもの。
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