それぞれの幸せ
「私にも責任があるのに……彼は百香のために全部被ってくれた」
三井は黙っている。
「私が離婚を選んだの。私が許せなかったから。なのに百香には、私は傷付けられた側みたいな顔をして……雄二さんに全部背負わせた」
「雪絵さん……」
「雄二さんは、百香が成人するまでは自分が悪者でいいって言ってくれた」
三井が雪絵を見る。
「成人するまでは?」
「……うん」
雪絵は木箱の角を指先でなぞった。
「百香が大人になって……それでも本当のことを知りたいって言ったら、その時は包み隠さず話すって」
今はただ、娘がまだ幼すぎるから黙っているだけ。
「雄二さんの言い分は当然だって分かってる。でも、私……その日が来るのが怖いの」
ぽつりと本音が零れた。
「いつか全部知った百香に……最低な母親だって思われるかも知れない」
三井は何も言わない。
「お父さん一人を悪者にして、自分は何も悪くないみたいな顔してずっと百香のそばにいたって……責められるかもしれない」
想像するだけで胸が痛い。
「百香が父親のことを大好きな子だって言うのを知っていてそうしたんだもん。父親を憎むように仕向けて、百香から大好きなパパを奪ったこと、恨まれないはずがない。それまでずっと……いつかその日が来るんじゃないかって怯えて暮らすんだと思う」
最後は自嘲するような笑いになった。
「自業自得よね」
「……雪絵さん」
三井が低く名を呼ぶ。
「千崎が愛人を持つことを、雪絵さんが許していたことと――」
一度言葉を切る。
「その愛人の名前を、自分の娘の名へ滲ませたことは、別々に考えないといけません」
雪絵はゆっくり顔を上げた。
「愛人との関係を許されていたからって、何をしてもいいわけじゃない」
三井の声は静かだった。
「百香ちゃんは、雪絵さんが腹を痛めて産んだ子です。それなのに、その名前へ別の女を重ねるなんて……俺は千崎のしたことが正しいとは思えません」
「……うん」
「だから、そのことを知って怒ったことまで、雪絵さんが自分を責める必要はないです」
けれど、三井はそこで、雪絵を無条件に庇う言葉を続けなかった。
「ただ……」
その一言に、雪絵は少しだけ身を固くする。
「百香ちゃんに本当のことを話さず、千崎一人に背負わせることを選んだのは……また別の話だと思います」
「……うん」
「それが正しかったのか、間違っていたのか……俺には分かりません」
三井は真っ直ぐ前を見たまま続ける。
「百香ちゃんが大人になって、全部知った時にどう思うのかも……俺には分からない」
「……うん」
分かっていた。
三井にだって、未来の百香の気持ちを決めることなんて出来ない。
「ただ……」
三井が何かを考えるように、わずかに視線を落とした。
「千崎に言われるより先に、雪絵さんの方から話すっていうのは、ありだと思います」
「……え? 私……から……?」
「はい。千崎は、百香ちゃんが成人するまでは言わないって言ったんですよね?」
「うん」
「だったら、それより前に雪絵さんが話すんです」
思ってもみなかった提案に、雪絵は三井を見つめた。
「例えば……十六くらいになった時に」
「十六……」
「今じゃ、まだ幼すぎます。でも十六なら、自分の両親がしたことを聞いて、自分なりに考えることは出来ると思います」
三井はそこで一度言葉を切った。
三井は黙っている。
「私が離婚を選んだの。私が許せなかったから。なのに百香には、私は傷付けられた側みたいな顔をして……雄二さんに全部背負わせた」
「雪絵さん……」
「雄二さんは、百香が成人するまでは自分が悪者でいいって言ってくれた」
三井が雪絵を見る。
「成人するまでは?」
「……うん」
雪絵は木箱の角を指先でなぞった。
「百香が大人になって……それでも本当のことを知りたいって言ったら、その時は包み隠さず話すって」
今はただ、娘がまだ幼すぎるから黙っているだけ。
「雄二さんの言い分は当然だって分かってる。でも、私……その日が来るのが怖いの」
ぽつりと本音が零れた。
「いつか全部知った百香に……最低な母親だって思われるかも知れない」
三井は何も言わない。
「お父さん一人を悪者にして、自分は何も悪くないみたいな顔してずっと百香のそばにいたって……責められるかもしれない」
想像するだけで胸が痛い。
「百香が父親のことを大好きな子だって言うのを知っていてそうしたんだもん。父親を憎むように仕向けて、百香から大好きなパパを奪ったこと、恨まれないはずがない。それまでずっと……いつかその日が来るんじゃないかって怯えて暮らすんだと思う」
最後は自嘲するような笑いになった。
「自業自得よね」
「……雪絵さん」
三井が低く名を呼ぶ。
「千崎が愛人を持つことを、雪絵さんが許していたことと――」
一度言葉を切る。
「その愛人の名前を、自分の娘の名へ滲ませたことは、別々に考えないといけません」
雪絵はゆっくり顔を上げた。
「愛人との関係を許されていたからって、何をしてもいいわけじゃない」
三井の声は静かだった。
「百香ちゃんは、雪絵さんが腹を痛めて産んだ子です。それなのに、その名前へ別の女を重ねるなんて……俺は千崎のしたことが正しいとは思えません」
「……うん」
「だから、そのことを知って怒ったことまで、雪絵さんが自分を責める必要はないです」
けれど、三井はそこで、雪絵を無条件に庇う言葉を続けなかった。
「ただ……」
その一言に、雪絵は少しだけ身を固くする。
「百香ちゃんに本当のことを話さず、千崎一人に背負わせることを選んだのは……また別の話だと思います」
「……うん」
「それが正しかったのか、間違っていたのか……俺には分かりません」
三井は真っ直ぐ前を見たまま続ける。
「百香ちゃんが大人になって、全部知った時にどう思うのかも……俺には分からない」
「……うん」
分かっていた。
三井にだって、未来の百香の気持ちを決めることなんて出来ない。
「ただ……」
三井が何かを考えるように、わずかに視線を落とした。
「千崎に言われるより先に、雪絵さんの方から話すっていうのは、ありだと思います」
「……え? 私……から……?」
「はい。千崎は、百香ちゃんが成人するまでは言わないって言ったんですよね?」
「うん」
「だったら、それより前に雪絵さんが話すんです」
思ってもみなかった提案に、雪絵は三井を見つめた。
「例えば……十六くらいになった時に」
「十六……」
「今じゃ、まだ幼すぎます。でも十六なら、自分の両親がしたことを聞いて、自分なりに考えることは出来ると思います」
三井はそこで一度言葉を切った。