それぞれの幸せ
「で?」
「その……里親が見つかるまで、ここで面倒見たいんっすけど」
猫を連れた男は、事務所の奥に寝泊まりしている部屋住みの新人だった。
自宅があるわけではない身ゆえに、雄二の一挙手一投足におびえるみたいに恐る恐る聞いてくる。
(面倒ごとはごめんなんだがな……)
若い衆だけでも手を焼くというのに、今度は猫とか。
正直勘弁してほしい。
だが――。
「好きにしろ」
全ての感情を呑み込んで、雄二は即答した。
ふと、百合香の顔が浮かんだのだ。
百合香がこの場にいたら、「雄ちゃん……」と言って、大きな目で自分を見上げていただろう。
そう思うと、無下にできなくなった。
「本当ですか!」
「ああ。構わん。ただしノミやダニを持ち込まれては敵わん。病院には連れて行け」
財布から万札を数枚抜き取って渡す。
「動物病院で診てもらっとけ」
その場にいた者たちの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「良かったなぁ、お前!」
箱に向かって皆が嬉し気に声を掛けているのを横目に、雄二はそれ以上興味を示さず踵を返した。
だが――。
「ニィー……」
背後から聞こえた小さな鳴き声だけが、なぜか妙に耳へ残った。
***
保護した白い子猫はやせ細って貧相だったが、生命力だけは旺盛だった。
動物病院で診てもらった結果、大きな病気は見つからなかったらしい。
ノミの駆除も済み、腹の虫の薬も飲ませたという。
もっとも。
「カシラ聞いてくださいよ」
数日後、事務所へ顔を出した雄二は、若い衆の情けない声で迎えられることになった。
「今度は何だ」
「こいつです」
指差された先を見る。
応接用のソファの背もたれに、白い子猫が乗っていた。
保護した頃より少しだけふっくらしている。
だが、目つきは相変わらず死ぬほど悪かった。
「箱から出すなと言ったはずだが」
「出してないです!」
「気付いたら出てるんです!」
「勝手に!」
口々に訴えられ、雄二は眉をひそめた。
確かに子猫が入っているはずの段ボール箱は空になっている。
箱のあちこちに引っかき傷と、極めつけと言わんばかりに底の方へ小さな穴。
どうやらありとあらゆる方法を駆使して脱走しているらしい。
「穴開いてるぞ。直せ」
「直したんですよ!」
「三回も!」
「っていうか箱も何度も新調し直しました!」
「けど……《《ツル》》のやつ、気が付いたら突破してやがるんです!」
若い衆たちが揃って頭を抱える。
子猫はそんな騒ぎなど意に介さず、大きな欠伸をした。
「ツル?」
「あ、はい。そいつの名前っす」
若い衆の一人が照れ臭そうに頭を掻く。
「ツルがか?」
「はい。ほら、昔話であるじゃないっすか。『鶴の恩返し』。鳥だって助けられたら恩返しするんっすよ。きっと猫ならなおさらじゃないかと思って」
「ならネコのままでいいじゃないか」
雄二が吐息交じりに〝ツル〟と名付けられた猫に視線を移すと、「カシラ。それじゃあんまりにも《《そのまんま》》過ぎますって」と口々に笑われてしまう。
雄二としては、猫に鳥の名を付ける若い衆らの感覚の方が分からないのだが、「ツル」と呼ばれるたびに子猫がぴくぴくと耳を動かしているのが分かって、小さく吐息を落とした。
「馬鹿か」
「絶賛恩返し期待中っす!」
若い衆が嬉し気に笑う。
だが、ツル本人は恩返しをする気など毛頭ないようだった。
「その……里親が見つかるまで、ここで面倒見たいんっすけど」
猫を連れた男は、事務所の奥に寝泊まりしている部屋住みの新人だった。
自宅があるわけではない身ゆえに、雄二の一挙手一投足におびえるみたいに恐る恐る聞いてくる。
(面倒ごとはごめんなんだがな……)
若い衆だけでも手を焼くというのに、今度は猫とか。
正直勘弁してほしい。
だが――。
「好きにしろ」
全ての感情を呑み込んで、雄二は即答した。
ふと、百合香の顔が浮かんだのだ。
百合香がこの場にいたら、「雄ちゃん……」と言って、大きな目で自分を見上げていただろう。
そう思うと、無下にできなくなった。
「本当ですか!」
「ああ。構わん。ただしノミやダニを持ち込まれては敵わん。病院には連れて行け」
財布から万札を数枚抜き取って渡す。
「動物病院で診てもらっとけ」
その場にいた者たちの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「良かったなぁ、お前!」
箱に向かって皆が嬉し気に声を掛けているのを横目に、雄二はそれ以上興味を示さず踵を返した。
だが――。
「ニィー……」
背後から聞こえた小さな鳴き声だけが、なぜか妙に耳へ残った。
***
保護した白い子猫はやせ細って貧相だったが、生命力だけは旺盛だった。
動物病院で診てもらった結果、大きな病気は見つからなかったらしい。
ノミの駆除も済み、腹の虫の薬も飲ませたという。
もっとも。
「カシラ聞いてくださいよ」
数日後、事務所へ顔を出した雄二は、若い衆の情けない声で迎えられることになった。
「今度は何だ」
「こいつです」
指差された先を見る。
応接用のソファの背もたれに、白い子猫が乗っていた。
保護した頃より少しだけふっくらしている。
だが、目つきは相変わらず死ぬほど悪かった。
「箱から出すなと言ったはずだが」
「出してないです!」
「気付いたら出てるんです!」
「勝手に!」
口々に訴えられ、雄二は眉をひそめた。
確かに子猫が入っているはずの段ボール箱は空になっている。
箱のあちこちに引っかき傷と、極めつけと言わんばかりに底の方へ小さな穴。
どうやらありとあらゆる方法を駆使して脱走しているらしい。
「穴開いてるぞ。直せ」
「直したんですよ!」
「三回も!」
「っていうか箱も何度も新調し直しました!」
「けど……《《ツル》》のやつ、気が付いたら突破してやがるんです!」
若い衆たちが揃って頭を抱える。
子猫はそんな騒ぎなど意に介さず、大きな欠伸をした。
「ツル?」
「あ、はい。そいつの名前っす」
若い衆の一人が照れ臭そうに頭を掻く。
「ツルがか?」
「はい。ほら、昔話であるじゃないっすか。『鶴の恩返し』。鳥だって助けられたら恩返しするんっすよ。きっと猫ならなおさらじゃないかと思って」
「ならネコのままでいいじゃないか」
雄二が吐息交じりに〝ツル〟と名付けられた猫に視線を移すと、「カシラ。それじゃあんまりにも《《そのまんま》》過ぎますって」と口々に笑われてしまう。
雄二としては、猫に鳥の名を付ける若い衆らの感覚の方が分からないのだが、「ツル」と呼ばれるたびに子猫がぴくぴくと耳を動かしているのが分かって、小さく吐息を落とした。
「馬鹿か」
「絶賛恩返し期待中っす!」
若い衆が嬉し気に笑う。
だが、ツル本人は恩返しをする気など毛頭ないようだった。