それぞれの幸せ
時折猫が足を動かすたびにチクッとした痛みが走る。
「爪、伸びてるぞ」
眉根を寄せて若い衆にそう苦言を呈したら、「抱き上げるだけで暴れる怪獣みたいな猫なんっすよ? 爪切りなんて無理に決まってますって」と苦笑された。
結局、「ツルが唯一膝に乗るカシラならいけそうな気がします!」とか言われて、猫用の爪切りを机上に置かれてしまった。
(なんで俺が……)
吐息交じり。
百合香がしろにやっていたのを思い出しながら太ももの上へ座らせて前足をつかんだら、案外大人しく切らせてくれた。
(どこが無理なんだ)
ムスッとした顔で雄二に手を握らせている子猫を見下ろしていたら、目つきの悪い顔でじっと見上げられた。
「やっぱりお前……可哀想なくらい不細工だな」
目が合うと同時、無意識につぶやいたら気分を害したんだろうか? ガブッと噛みつかれた。
乳歯特有のとがった牙が指先に小さな穴をあけて、丸く血が盛り上がる。
(この調子じゃ、貰い手なんてつかねぇな)
雄二はティッシュペーパーで血を拭いながら、膝から降りて走り去る猫の後ろ姿を見遣って、小さく吐息を落とした。
***
一日の仕事を終えた雄二は、帰宅する前にワオンモールへと車を走らせた。
目的はもちろん、モール内にあるペットショップ……などではない。
先日、完成の連絡を受けた婚約指輪を受け取るための寄り道だ。
三階フロアにある『Écri Bijou』へ足を踏み入れると、すぐに女性店員がこちらへ気付いた。
「いらっしゃいませ」
晴れやかな笑顔に、雄二は軽く会釈を返す。
「千崎様ですね?」
「ああ」
「お待ちしておりました。先日はお電話で失礼いたしました」
声を聞いて、過日電話を掛けてきた女性――山本だと分かった。
「こちらへどうぞ」
案内された席へ腰を下ろすと、ほどなくして山本が小さなケースを手に戻って来る。
「大変お待たせいたしました。こちらでございます」
目の前でケースが開かれた。
雄二は無言で中を見る。
五枚の花弁が寄り添うように形作られた、ブルースターを模した小さな花。
ふっくらと丸みを帯びた花弁はプラチナで象られ、その中央には一粒のダイヤモンド。
雄二がケースを手に取ると、石が光を受けて静かにきらめいた。
華美すぎず、それでいてどこか愛らしい。
ぱっと見では分からないが、リングの内側には表からは見えないように小さなブルーサファイアが一粒、そっと埋め込まれていた。
(あいつに似合いそうだ)
十九年前にも、こんな指輪を贈りたいと思っていた。
百合香の華奢な指に似合う、可愛らしい花の指輪。
ブルースターを選んだのは、その花言葉が、〝幸福な愛〟だから。
そんな意味を柄にもなく指輪へ託したのは、雄二なりに、百合香を幸せにしたいと心の底から希っているからだ。
「ご希望いただいたデザインをもとに、普段使いもしやすいよう仕上げております」
「……いいな」
「サイズも伺ったものでお作りしておりますが、もし合わないようでしたらお直しも可能ですので」
「分かった」
雄二はしばらく指輪を見つめた。
二十年近く胸の内に残り続けていたものを、ようやく形にすることができた。
今度こそ、これを百合香の指に――。
「では、こちら、お包みいたしますね」
「頼む」
山本が丁寧な手つきでケースを閉じる。
「あわせてご注文いただいておりますマリッジリングにつきましては、もう少しお時間をいただく予定です」
「ああ」
「仕上がりましたら、改めてご連絡差し上げますね」
「分かった」
短く答えてから、雄二は少しだけ間を置いた。
「爪、伸びてるぞ」
眉根を寄せて若い衆にそう苦言を呈したら、「抱き上げるだけで暴れる怪獣みたいな猫なんっすよ? 爪切りなんて無理に決まってますって」と苦笑された。
結局、「ツルが唯一膝に乗るカシラならいけそうな気がします!」とか言われて、猫用の爪切りを机上に置かれてしまった。
(なんで俺が……)
吐息交じり。
百合香がしろにやっていたのを思い出しながら太ももの上へ座らせて前足をつかんだら、案外大人しく切らせてくれた。
(どこが無理なんだ)
ムスッとした顔で雄二に手を握らせている子猫を見下ろしていたら、目つきの悪い顔でじっと見上げられた。
「やっぱりお前……可哀想なくらい不細工だな」
目が合うと同時、無意識につぶやいたら気分を害したんだろうか? ガブッと噛みつかれた。
乳歯特有のとがった牙が指先に小さな穴をあけて、丸く血が盛り上がる。
(この調子じゃ、貰い手なんてつかねぇな)
雄二はティッシュペーパーで血を拭いながら、膝から降りて走り去る猫の後ろ姿を見遣って、小さく吐息を落とした。
***
一日の仕事を終えた雄二は、帰宅する前にワオンモールへと車を走らせた。
目的はもちろん、モール内にあるペットショップ……などではない。
先日、完成の連絡を受けた婚約指輪を受け取るための寄り道だ。
三階フロアにある『Écri Bijou』へ足を踏み入れると、すぐに女性店員がこちらへ気付いた。
「いらっしゃいませ」
晴れやかな笑顔に、雄二は軽く会釈を返す。
「千崎様ですね?」
「ああ」
「お待ちしておりました。先日はお電話で失礼いたしました」
声を聞いて、過日電話を掛けてきた女性――山本だと分かった。
「こちらへどうぞ」
案内された席へ腰を下ろすと、ほどなくして山本が小さなケースを手に戻って来る。
「大変お待たせいたしました。こちらでございます」
目の前でケースが開かれた。
雄二は無言で中を見る。
五枚の花弁が寄り添うように形作られた、ブルースターを模した小さな花。
ふっくらと丸みを帯びた花弁はプラチナで象られ、その中央には一粒のダイヤモンド。
雄二がケースを手に取ると、石が光を受けて静かにきらめいた。
華美すぎず、それでいてどこか愛らしい。
ぱっと見では分からないが、リングの内側には表からは見えないように小さなブルーサファイアが一粒、そっと埋め込まれていた。
(あいつに似合いそうだ)
十九年前にも、こんな指輪を贈りたいと思っていた。
百合香の華奢な指に似合う、可愛らしい花の指輪。
ブルースターを選んだのは、その花言葉が、〝幸福な愛〟だから。
そんな意味を柄にもなく指輪へ託したのは、雄二なりに、百合香を幸せにしたいと心の底から希っているからだ。
「ご希望いただいたデザインをもとに、普段使いもしやすいよう仕上げております」
「……いいな」
「サイズも伺ったものでお作りしておりますが、もし合わないようでしたらお直しも可能ですので」
「分かった」
雄二はしばらく指輪を見つめた。
二十年近く胸の内に残り続けていたものを、ようやく形にすることができた。
今度こそ、これを百合香の指に――。
「では、こちら、お包みいたしますね」
「頼む」
山本が丁寧な手つきでケースを閉じる。
「あわせてご注文いただいておりますマリッジリングにつきましては、もう少しお時間をいただく予定です」
「ああ」
「仕上がりましたら、改めてご連絡差し上げますね」
「分かった」
短く答えてから、雄二は少しだけ間を置いた。