それぞれの幸せ
「無理でも連帯保証人が何とかしてくれる、それを探せばいい……とでも言ったんじゃないですかね。そもそもずっと参加してたはずの商工会の会合で、あすなから融資を受けた直後ってタイミングで岩倉が親父に親し気に話しかけてきたって話も、胡散臭(うさんくさ)いと《《俺》》は思っています。もしかしたら荻野の入れ知恵かもしれない、と――」
 毎回参加していた幸太郎とは違い、会合へずっと顔を出していなかった岩倉が急に参加してきたこと。また、名簿を見れば幸太郎が自分同様商工会のメンバーであることは一目瞭然だったはずなのに、連絡なんて寄越しもしなかった岩倉が、何故あのタイミングで幸太郎へ旧知の友の顔をして話しかけてきたのか。
 母・八重子から事の次第を聞かされた時、雄二にはまるですべてが仕組まれていたように思えたのだ。

「荻野は親父が《《俺》》を理由に岩倉へ手を差し伸べずにはいられない人間なことを知ってた気がします。何せ腐っても荻野は《《俺》》の直属の上司ですからね。そもそもうちの親父の鉄工所のメインバンクは『あすな』です。親父の為人(ひととなり)なんてすぐ調べられたでしょう。うちの親父なら言い方次第じゃ、『息子の勤め先に迷惑はかけられない』となって、岩倉が持ってきたネクサスの書類へ印を()すことは想像に(かた)くない」

「まぁあの親父さんならそうするだろうな」
「はい。そうして親父が《《俺にだけは》》相談しないことも分かっていたと思います」
 声が震えないよう、歯の裏で言葉を支えた。
「結果、岩倉は逃げ、闇金からの取り立ては親父が背負わされました……」
 それでどうなったかは言わなくても分かるだろう。
 今告げたことの中には、結構な割合で雄二の想像に(もと)づく所見も入っている。
 だが荻野に歯向かった自分を(おとしい)れる機会を、あの男が虎視眈々と狙っていたのは感じていたから……。そこに父親が巻き込まれたんだと思えばすべての辻褄が合うと思えた。

「《《俺》》の勘からいくと、恐らくは顧問弁護士もグルです。荻野辺りから甘い汁を受け取り、改ざんの稟議書(りんぎしょ)を『正しい数字だ』と認める筋書きを用意するのに手を貸しているはずです。私が違和感を感じ、異議を唱えたデータが差し替えられていたことを、弁護士は知っていました。――不正を潰すはずの窓口が塞がっていたとしか思えない」

「なぁ、千崎の(せがれ)よ。データが差し替えられてたってこたぁお前さんの手元にゃ、証拠は残ってねぇってことだな?」

 了道の言葉に、雄二は苦々しい思いを押し殺しながら(うなず)いた。

「《《俺》》の端末の原データは消されていました。ただ、紙の回覧で回った稟議書(りんぎしょ)の〝回付印の時系列〟と、荻野個人の持ち出し記録、――それに、稟議書の複写依頼票(閲覧ログ)の時刻が食い違っていた控えだけは、辛うじて取ってあります。名目を変えた形で岩倉へ貸し付けられた〝繋ぎ金〟の額面と、私が関わっていた貸付金の金額との差が一致する証拠が見つかれば、正攻法で突破口が開けるはずです」
 そこまで言ってから、雄二は「いや、もしかしたら……」とつぶやいた。
 言いながら頭の中を整理している雄二を前に、了道は決して急かすような真似をしなかった。
 まるでじっくり考えて答えを出せ、とでも言われているような気がした雄二である。
「――もしかしたら岩倉が貸し付けられた額ではなく、ネクサスの方で膨らんだ莫大な貸付利子。その総額を含めた金額こそが正しい補填額な可能性もあります」
 とはいえ、全ては証拠を隠滅されてしまった話。雄二が手掛けた元の稟議書と、それに伴う資料さえない。

「……これとこれが繋げられれば……って点と点はいくつもあります。けど……それを繋げて線にして荻野らへ突き付ける力が、今の私にはありません」

 了道は煙草を灰皿へ押し、指先で火をねじ切った。
 ククッと笑い声が聞こえたが、目だけは笑っていなかった。

「なるほどな。絵は見えた」

 そうしてゾクッとするような眼差しを雄二に向けると、「親父さんの鉄工所な。昨日から騒がしかっただろ? 警察も沢山来てた」とポツリとつぶやく。
「あんたも見ただろ? うちの門のあちこちに使われた鉄細工。あれ、作ってくれたのは幸太郎だ。何だかんだ言いながらいい仕事をしてくれた。俺としちゃあ、少なからず縁のあった相手だと思ってる」
 それは初耳だった。
 了道を指して、深く関わりたくない相手だと父親は言っていた。だが了道からの仕事は請け負っていたということか。
「でな、俺の方でも下の(もん)使って色々調べさせてた」
 そこで値踏みするように雄二を見つめるとニヤリとするのだ。
「概ねお前さんが言ったことと同じ調査結果だったよ」
 要するに合格ということだろうか。
 了道の視線を真っ向から受けて、雄二は何となくそう思う。

 了道がスッと片手を挙げると、控えていた若い衆が一歩進み出る。

「――まず、俺がお前に手を貸すための条件は二つだ」

 了道は、ゆっくりと雄二へ視線を戻す。

「ひとつ目。――これから先は何をするにしても必ず葛西組(うち)を通せ。勝手は許さん。お前の〝正義感〟は嫌いじゃねぇが、今回みたいに独りで動くのは感心しねぇ。死にたくなけりゃ、俺の言うとおりにしろ」
 了道は雄二が単身葛西了道の元を訪れたことを指してそう言った。
「けど……俺は全てをそちら様へ預けるつもりはありません」
「自分でも動きてぇってんだろ?」
 ククッと了道が笑って、「だからこそのふたつ目だ」と続ける。
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