それぞれの幸せ
第3章 それぞれの、叶わぬ想い

1.千崎雄二 『覚悟の痛み』

 恋人の百合香と、母・八重子は、すぐに葛西(かさい)了道(りょうどう)の手配で安全な場所へ移された。
 雄二もその場に付き添ったから彼女らが葛西組の人間に守られた場で問題なく過ごせていることを知っている。場所が葛西組の管轄する物件のひとつだったこともあり、百合香の愛猫しろも、飼い主の元へ戻してやることが出来た。
(ゆう)ちゃん、しろを連れて来てくれて有難う」
 百合香に嬉しそうに微笑まれた時、雄二は心底安堵(あんど)したのだ。自分ではしろと百合香を引き離す采配(さいはい)しか出来なかった。だが、了道に頼った途端、そこも解決した。
 彼に任せておけば、もう大丈夫。――そう思えるだけの仕事を、了道はしてくれた。

 ひとりが崩れれば、芋づるのように全てが落ちていく。
 荻野は証拠付きの〝内部告発〟により背任(はいにん)収賄(しゅうわい)であっけなく逮捕され、失脚した。
 荻野を落とすため、葛西組からの脅しで彼を売ったであろうあすなの顧問弁護士も、結局その捜査の過程で名前が浮上した。荻野からキックバックを受け取り、不正融資を揉み消していた証拠が《《どこからともなく》》送られてきて、言い逃れが出来ない状態にされたらしい。事実が公になった結果、あっけなく弁護士としての地位を失った。
 ネクサスファイナンスもこの汚職に関与していたことが分かり、事態はさらに加速。
 荻野が〝不正融資の焦げ付き〟を避けるため、返済が滞った客をネクサスへ横流ししていたのだ。
 ネクサスは、表向きは〝再建支援〟を謳いながら、その実、闇金まがいの取り立てを行っていた。
 金利は法外、返済方法は違法すれすれ――。いや、百合香や雄二、それから八重子に有り得ないことを提案してきたのでも明白なように、もはや真っ黒といえる状態だった。
 荻野は稟議なき不可解な融資先への〝回収〟をネクサスに丸投げし、その見返りとして裏金を受け取る。
 ネクサスは荻野から紹介された〝焦げ付き案件〟でスケープゴートを見つけ、大きな利益を得る。
 両者は腐れ縁のように繋がっていた。

 だが、荻野や顧問弁護士が隠し持っていた銀行の内部資料と、ネクサスの帳簿が押収され、二つの数字が噛み合った瞬間――、全ては終わった。

 ネクサスの幹部数名が逮捕され、社長は行方をくらませた。
 闇金業務に関わっていた下部組織への家宅捜索が一斉に入り、表裏ともにネクサスという組織はあっけなく瓦解していった。

 荻野、顧問弁護士、ネクサスファイナンス。
 汚れた金で繋がっていた三つの点は、ひとたび切られれば、秒で崩れ落ちる脆い連鎖だった。


 全てが終わった後、百合香や八重子も葛西組の庇護を離れ、各々の家へ戻された。

 雄二はそれらをすべて見届け、父親の墓前に報告してから、正式に葛西組の門戸を叩くことになっている。

「雄二、銀行(あすな)を辞めたって本当なの?」
「ああ……」
「……次の仕事の宛はあるの?」
 《《最後に》》母の顔を見るついで。仏壇へ手を合わせに寄った実家で、八重子に問われた雄二は、「ある」とだけ答えたのだが……。
「まさか……」
 自分たちを助けてくれたのが葛西組の関係者だと言うことは八重子にも分かっていたんだろう。
 まさか、と告げたまま黙り込んだ八重子に、雄二は深く頭を下げ、「元気で」と告げて家をあとにした。


***


 葛西組(かさいぐみ)へ正式に入る日。
 秋の空気は澄んでいるはずなのに、千崎雄二は胸の奥のざわめきが静まる気配を感じなかった。
 今日向かうのは以前訪問した了道の自宅ではない。葛西組が持っている事務所へ来るように言われていた。

 沢山の黒服の男たちの視線を感じながら事務所の奥へ進むにつれて、胸の奥で沈殿していく不安の形が、少しずつ輪郭を持ちはじめる。
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