それぞれの幸せ
 半ば倒れ込むように座敷へ膝を折るなり、了道を真っ向から睨み付けるように見詰めた。いつもならこんな風に不躾に、真っ正面から組長の顔を見据えたことなんてない。

「――雪絵さんを、一人で外に出すなど……ありえません!」

 力を込めて発したはずの声は……だが三井の想いに反してやけに震えていた。
 怒りのせいではない。
 焦りと、恐れと、愛情がごちゃまぜになった、必死さが全面にあふれ出たがゆえの声音だった。

「……三井」

「雪絵さんは……! 世間知らずで、人を疑うということを知りません。身体も弱い。あの方を一人で歩かせるなんて、危険すぎます! どうか……どうか俺を護衛につけてください!」

 いつもは沈着冷静な男が、恥も外聞もなく感情を(あら)わにしている。

 了道は煙草を咥えたまま、しばらく沈黙した。

 その沈黙が、重かった。
 まるで三井の心の奥底を全部覗き込むようだった。

「……三井。お前が雪絵を想う気持ちは、よく分かってる。俺もあいつを一人で外へ放り出そうとは思ってねぇよ」
「でしたら……!」
 三井の喉が震えた。
「――護衛は……千崎に任せる」
 その瞬間、三井の瞳が大きく揺れた。グッと握られた拳が力を込め過ぎているからだろうか。ふるふると震えている。

 ややして、撃たれた獣が息を呑むように掠れた声を絞り出す。
「……なぜ……俺じゃぁないんですか……?」
 いつもなら口にしない問いだった。
 了道が決めたことに口出しするなど、構成員としてあってはならないことだった。

 了道は、だがそんな三井を咎めたりせず、静かに……しかし優しさと残酷さの入り混じる目で見詰めて告げた。

「お前は……雪絵のことが絡むと〝愛しい女を守る男〟の顔になっちまう。合理的な判断より先に感情が表に出ちまう」
 そこでじっと三井を見つめると、「今みたいにな……」と付け加えてからふぅーと大きく紫煙を吐き出した。
「だが千崎にゃぁそういうのがねぇ。――冷静に判断できるし、雪絵にとって最適解が出せる」

 三井の表情に〝痛み〟が広がった。

「雪絵の未来を広げるには、お前は過保護すぎるんだよ、三井。てめぇは雪絵に手ぇ、出し過ぎる。それじゃぁあの子はいつまで経っても独り立ち出来ねぇ雛鳥(ひなどり)のまんまだ。いつまでも俺たちが付いてて守ってやるわけにゃいかねぇだろーがよ」
「俺なら!」
「死ぬまで付いててやるってか? けど、年齢(としぃー)考えろや、三井。順当にいけば雪絵の方が遺されるんだぞ? てめぇは自分が死ぬってときに雪絵も道連れにでもするつもりか?」
 愛しい雪絵に三井がそんなことを、できるわけがない。それを知っていながら、あえてそんな言い方をする了道に、三井はグッと唇を噛み締める。
「あの子が〝新しい世界〟へ踏み出すためには……てめぇみてーな過保護な男より、外の世界を知る理知的な男の方がいい。変に雪絵に執着がない分、千崎なら適度に雪絵を突き離せる。それが大事なんだよ」
「……」
(つれ)ぇーだろーが《《雪絵のために》》堪えろや、三井」

 ――雪絵のため。
 そう言われて、三井にこれ以上何が言えるだろう。三井は唇を噛み、うなだれるように(うつむ)いた。

「……出過ぎた真似をしました。オヤジの判断に……従います。どうか……雪絵さんを、よろしくお願いします。あの人が不幸になるようなことがあったら……俺は、その時こそは黙っちゃいませんから」

「あぁ。任せとけ」

 三井は深く頭を下げ、立ち上がった。グッと背筋を伸ばして去っていく後ろ姿には、だが、隠しきれない〝哀しさ〟が滲んでいた。

 その背中を見送りながら、了道は思う。

(……三井。その痛みは、お前の誠実さそのまんまだ。ひとりぼっちになっちまった雪絵が、てめぇのお陰でつぶれずに済んだのは紛れもねぇ事実だ。お前の優しさは、雪絵の人生ん中で決して消えねぇ。――それだけは確かだ)

 了道だって出来ることなら三井をずっと雪絵のそばに置いておいてやりたかった。
 だが、雪絵を大切にし過ぎる余り、先手先手を打ち過ぎる三井をそばに置き続けることは、雪絵のためにならないと判断した。

(すまねぇな、三井。許せ)
 咥えていた煙草から伸びた灰がほろりと落ちて卓上へ散らばる。了道は小さく吐息を落としながら、それを見つめた――。
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