それぞれの幸せ
4.桐生百合香『離れられない』
雄二の母・千崎八重子から、息子の雄二と連絡が取れなくなったと聞いたのは、千崎のおじちゃん――千崎幸太郎――の納骨が済んでからしばらくしてのことだった。
『百合香ちゃん、雄二から連絡きてる?』
八重子からの電話に、百合香はゆるゆると首を振りながら項垂れた。
『ごめんね、おばちゃん。私、マンションに帰って来た日以降、雄ちゃんと連絡が取れていないの……』
それは、納骨の際に雄二に会ったという八重子よりももっとずっと雄二に会えていないと告白したも同然だった。
自分たちを助けてくれたのが、葛西組だというのはなんとなく理解している。
雄二が、葛西組の組長・葛西了道とともに潜伏先のホテルへ来た時には驚かされた。
右も左も分からないままに、雄二に言われるがまま、葛西組の息が掛かった一軒家に移動させられた。そこで葛西組の面々に守られながら、ネクサスファイナンスの魔の手を逃れた百合香と八重子だったけれど、雄二が愛猫しろを避難先に連れてきてくれた時はそれだけでホッとしたのを覚えている。
全てが終わって、雄二の運転する車でしろとともに自宅へ戻って……。
「落ち着いたら連絡する」
そう告げて口付けをくれた雄二は、それっきり百合香の前へ姿を現していない。
こちらから連絡しても繋がらないままに時間だけが過ぎていって……八重子も幸太郎の納骨後は雄二と連絡が取れないままだという。
もちろん、八重子も百合香も、雄二が住んでいたマンションへ行ってみた。
合い鍵で入った部屋には、雄二が帰ってきている気配はなく……家具などこそそのままだったけれど、不自然なくらいに生活の匂いがない。
百合香は、空き部屋のように静まり返った雄二の部屋を見た瞬間、(雄ちゃんはどこへ行ってしまったの?)という想いに苛まれて、喉がきゅっと詰まった。
この部屋で雄二とともに過ごした掛け替えのない時間が、一瞬で遠い世界になってしまったようだった――。
そうこうしているうちに、部屋自体が引き払われてしまったのか、預かっていた鍵が使えなくなった。
八重子も百合香も、雄二が今どこに住んでいるのかさえ分からなかった。
結果、百合香は葛西組なら何か知っているかもしれないと……無謀にもそこへ出向いてみようと思い始めていた。
(怖いけど……そこしか手掛かりがないんだもの)
グッと拳を握り締め、どうすれば相手が話を聞いてくれるか考えを巡らせているうちに日が落ちる。そんな日々を数日過ごした矢先のことだったのだ。雄二から連絡が入ったのは。
『――今夜、家へ行っても構わないか?』
連絡が取れなくてすまなかったとも、何も言わずに引っ越して悪かったとも書かれていない。
そこにあるのは、ただ家に来たいという意思表示だけ。
数週間ぶりのコンタクトにしてはあまりにも素っ気ないメッセージに、それでも、たったそれだけのことで百合香の胸は、痛いほど熱くなってしまう。
(……雄ちゃんに会える!)
ドキドキと鼓動を早くしながらも、なんとなく嫌な予感がする。それでも、会わないという選択肢はどこにもなかった。
『もちろん大丈夫だよ。何時くらいになりそう?』
はやる気持ちを抑えながら、百合香自身今までの音信不通や不義理を一切問い詰めることなく……打ち込んだ文字は、すぐに既読になって……『十八時』とだけ返ってくる。
まだ十時間以上ある。
百合香は時計を見て、美容院とエステの予約を入れた。じっとしていることができなかった。
***
約束の時刻の五分前。百合香のマンションのチャイムが鳴った。
長いこと会えていなかったけれど、時間に遅れず几帳面なところが全然変わっていなくて、百合香はそれだけのことにホッと胸を撫で下ろす。
足元で愛猫しろが「にゃーん?」と鳴いて小首を傾げてくる。
百合香ははやる気持ちを抑えながら、いそいそとインターフォンに応じた。
「はい」
『俺だ』
言われなくてもモニターに映る顔で分かる。
機械越しに伝わってくる低く落ち着いた声音と、眼鏡越しの理知的な視線に、百合香の胸がキュッと疼いた。
しろが逃げたりしないよう、リビングに閉じ込めて扉を閉ざすと、百合香は急ぎ足で玄関扉へ向かう。ロックを解除すると、スーツの上に秋物のコートを羽織った千崎雄二がいた。
「雄ちゃん」
名を呼ぶと同時に、懐かしい香りにギュッと腕の中へ抱き込まれた百合香は、それだけで涙が溢れてしまう。
雄二は背後の扉を閉ざして施錠するなり、何も言わずに百合香へ口付けてきた。
雄二とのキスはもちろん初めてではないし、鼻腔を抜ける雄二の体臭が、切なくなるくらい懐かしくて愛しい。けれど、こんなに激しく求められたのは初めてで、百合香は戸惑ってしまう。
『百合香ちゃん、雄二から連絡きてる?』
八重子からの電話に、百合香はゆるゆると首を振りながら項垂れた。
『ごめんね、おばちゃん。私、マンションに帰って来た日以降、雄ちゃんと連絡が取れていないの……』
それは、納骨の際に雄二に会ったという八重子よりももっとずっと雄二に会えていないと告白したも同然だった。
自分たちを助けてくれたのが、葛西組だというのはなんとなく理解している。
雄二が、葛西組の組長・葛西了道とともに潜伏先のホテルへ来た時には驚かされた。
右も左も分からないままに、雄二に言われるがまま、葛西組の息が掛かった一軒家に移動させられた。そこで葛西組の面々に守られながら、ネクサスファイナンスの魔の手を逃れた百合香と八重子だったけれど、雄二が愛猫しろを避難先に連れてきてくれた時はそれだけでホッとしたのを覚えている。
全てが終わって、雄二の運転する車でしろとともに自宅へ戻って……。
「落ち着いたら連絡する」
そう告げて口付けをくれた雄二は、それっきり百合香の前へ姿を現していない。
こちらから連絡しても繋がらないままに時間だけが過ぎていって……八重子も幸太郎の納骨後は雄二と連絡が取れないままだという。
もちろん、八重子も百合香も、雄二が住んでいたマンションへ行ってみた。
合い鍵で入った部屋には、雄二が帰ってきている気配はなく……家具などこそそのままだったけれど、不自然なくらいに生活の匂いがない。
百合香は、空き部屋のように静まり返った雄二の部屋を見た瞬間、(雄ちゃんはどこへ行ってしまったの?)という想いに苛まれて、喉がきゅっと詰まった。
この部屋で雄二とともに過ごした掛け替えのない時間が、一瞬で遠い世界になってしまったようだった――。
そうこうしているうちに、部屋自体が引き払われてしまったのか、預かっていた鍵が使えなくなった。
八重子も百合香も、雄二が今どこに住んでいるのかさえ分からなかった。
結果、百合香は葛西組なら何か知っているかもしれないと……無謀にもそこへ出向いてみようと思い始めていた。
(怖いけど……そこしか手掛かりがないんだもの)
グッと拳を握り締め、どうすれば相手が話を聞いてくれるか考えを巡らせているうちに日が落ちる。そんな日々を数日過ごした矢先のことだったのだ。雄二から連絡が入ったのは。
『――今夜、家へ行っても構わないか?』
連絡が取れなくてすまなかったとも、何も言わずに引っ越して悪かったとも書かれていない。
そこにあるのは、ただ家に来たいという意思表示だけ。
数週間ぶりのコンタクトにしてはあまりにも素っ気ないメッセージに、それでも、たったそれだけのことで百合香の胸は、痛いほど熱くなってしまう。
(……雄ちゃんに会える!)
ドキドキと鼓動を早くしながらも、なんとなく嫌な予感がする。それでも、会わないという選択肢はどこにもなかった。
『もちろん大丈夫だよ。何時くらいになりそう?』
はやる気持ちを抑えながら、百合香自身今までの音信不通や不義理を一切問い詰めることなく……打ち込んだ文字は、すぐに既読になって……『十八時』とだけ返ってくる。
まだ十時間以上ある。
百合香は時計を見て、美容院とエステの予約を入れた。じっとしていることができなかった。
***
約束の時刻の五分前。百合香のマンションのチャイムが鳴った。
長いこと会えていなかったけれど、時間に遅れず几帳面なところが全然変わっていなくて、百合香はそれだけのことにホッと胸を撫で下ろす。
足元で愛猫しろが「にゃーん?」と鳴いて小首を傾げてくる。
百合香ははやる気持ちを抑えながら、いそいそとインターフォンに応じた。
「はい」
『俺だ』
言われなくてもモニターに映る顔で分かる。
機械越しに伝わってくる低く落ち着いた声音と、眼鏡越しの理知的な視線に、百合香の胸がキュッと疼いた。
しろが逃げたりしないよう、リビングに閉じ込めて扉を閉ざすと、百合香は急ぎ足で玄関扉へ向かう。ロックを解除すると、スーツの上に秋物のコートを羽織った千崎雄二がいた。
「雄ちゃん」
名を呼ぶと同時に、懐かしい香りにギュッと腕の中へ抱き込まれた百合香は、それだけで涙が溢れてしまう。
雄二は背後の扉を閉ざして施錠するなり、何も言わずに百合香へ口付けてきた。
雄二とのキスはもちろん初めてではないし、鼻腔を抜ける雄二の体臭が、切なくなるくらい懐かしくて愛しい。けれど、こんなに激しく求められたのは初めてで、百合香は戸惑ってしまう。