それぞれの幸せ
何かに耐えているかのような雪絵のその姿を見ても、何も感じなくて――。そればかりか、モニター越しに見た、百合香の寂しそうな後ろ姿の方が色濃く頭に残っていて胸を締め付けられてしまう。そんな自分のことが、雄二にはものすごく最低な男に思えた。
(このままオヤジの言いなりになっていいのか?)
了道の家へ向かいながら、雄二はそんなことを思っていた――。
***
座敷で、了道は雄二を正面から見据えた。
「……まだ、あの女と縁が切れてねぇそうじゃねぇか」
直球だった。
雄二は、逃げずに視線を返す。
「……別れは告げました。ですが――」
「どうせ情を残させるような別れ方をしたんだろ? 可哀想に……雪絵とテメェが住む家まで来たっていうじゃねぇか」
「……」
――可哀想。
その言葉が、昨夕のゆりかの寂しげな様子と重なって、雄二の心に重くのしかかる。
「悪いことは言わねぇ。その女のことが大事ってんなら尚のこと、すっぱり捨てろ」
低く、重い声。
「なぁ千崎よ。堅気の女なんてのはなぁ、俺たちみてぇのが幸せに出来る相手じゃねぇんだよ」
雄二は、拳を握りしめる。
そう言われて「はい、そうですか」と引き下がった結果が昨日の百合香ではないのか?
「……俺は……彼女を忘れられません」
嘘は言えなかった。
「幸せに出来ねぇって分かっててもか……?」
そんなのは、一緒になってみなければ分からないじゃないか。
そう言おうとしたのだが――。
「どうしても手放せねえってんなら、愛人にしろ」
「――っ!」
その言葉に、思わず雄二は了道を見遣った。だが、了道は感情を交えずに続ける。
「とにかく、堅気の女との婚姻は認めねぇ。なぁ千崎よ。お前、助けた恩を、あだで返すわけじゃねぇよな?」
喉が……詰まる。
返す言葉が、見つからない。
「雪絵はテメェに惚れてる」
迎え入れたばかりの猫のような態度の女が自分に懸想しているだなんて言われて、俄かに信じられるはずがない。
それは……そうだったらいいという了道の願望ではないだろうか?
だが、そう思いながらも、全く身に覚えがないわけではない。
雄二は小さく吐息を落とした。
「あなたは……娘のように可愛がっているお嬢さんが、一番に愛されない結婚を強いられることをなんとも思わないと?」
「娘みてぇに育ててきたからこそ、だ。雪絵は極道の世界の事ある意味お前より理解してる。浮気のひとつやふたつ、とやかくいう女じゃねぇよ」
「ですが――」
「亭主が外で好き勝手やってようが、最終的に家に帰って来りゃ納得する。そういうもんだ」
雄二にはそんな世界、全く理解できない。
百合香に自分以外の男ができると考えただけで腑が煮えくりかえりそうになる。
「テメェもこっちの世界に入ったなら、その辺上手くやれや」
了道がそう告げたとき――。
障子の向こうで、微かな物音がした。
背後を振り返った雄二が、咄嗟に障子を引き開ければ、お茶を運んできたのだろう。盆を手にした雪絵が立っていた。
雪絵の、ゆらゆらと忙しなく揺れる瞳に、会話の断片を、聞かれてしまったのだと――雄二にはすぐに分かった。
了道からは障子の向こうに立つ雪絵の影が見えていたはずなのに、敢えて聞かせたということか……。
(酷な真似を……)
そういうところが極道らしい在り方なのだと言われたら雄二には何も返せないが、初めて雪絵のことを可哀想だと思った。
「ご、ごめんなさい。……私っ」
雪絵は手にしていた盆を雄二に押し付けると、くるりと向きを変えて立ち去ってしまう。
雄二は、そんな雪絵を呼び止めることが出来なかった。
(このままオヤジの言いなりになっていいのか?)
了道の家へ向かいながら、雄二はそんなことを思っていた――。
***
座敷で、了道は雄二を正面から見据えた。
「……まだ、あの女と縁が切れてねぇそうじゃねぇか」
直球だった。
雄二は、逃げずに視線を返す。
「……別れは告げました。ですが――」
「どうせ情を残させるような別れ方をしたんだろ? 可哀想に……雪絵とテメェが住む家まで来たっていうじゃねぇか」
「……」
――可哀想。
その言葉が、昨夕のゆりかの寂しげな様子と重なって、雄二の心に重くのしかかる。
「悪いことは言わねぇ。その女のことが大事ってんなら尚のこと、すっぱり捨てろ」
低く、重い声。
「なぁ千崎よ。堅気の女なんてのはなぁ、俺たちみてぇのが幸せに出来る相手じゃねぇんだよ」
雄二は、拳を握りしめる。
そう言われて「はい、そうですか」と引き下がった結果が昨日の百合香ではないのか?
「……俺は……彼女を忘れられません」
嘘は言えなかった。
「幸せに出来ねぇって分かっててもか……?」
そんなのは、一緒になってみなければ分からないじゃないか。
そう言おうとしたのだが――。
「どうしても手放せねえってんなら、愛人にしろ」
「――っ!」
その言葉に、思わず雄二は了道を見遣った。だが、了道は感情を交えずに続ける。
「とにかく、堅気の女との婚姻は認めねぇ。なぁ千崎よ。お前、助けた恩を、あだで返すわけじゃねぇよな?」
喉が……詰まる。
返す言葉が、見つからない。
「雪絵はテメェに惚れてる」
迎え入れたばかりの猫のような態度の女が自分に懸想しているだなんて言われて、俄かに信じられるはずがない。
それは……そうだったらいいという了道の願望ではないだろうか?
だが、そう思いながらも、全く身に覚えがないわけではない。
雄二は小さく吐息を落とした。
「あなたは……娘のように可愛がっているお嬢さんが、一番に愛されない結婚を強いられることをなんとも思わないと?」
「娘みてぇに育ててきたからこそ、だ。雪絵は極道の世界の事ある意味お前より理解してる。浮気のひとつやふたつ、とやかくいう女じゃねぇよ」
「ですが――」
「亭主が外で好き勝手やってようが、最終的に家に帰って来りゃ納得する。そういうもんだ」
雄二にはそんな世界、全く理解できない。
百合香に自分以外の男ができると考えただけで腑が煮えくりかえりそうになる。
「テメェもこっちの世界に入ったなら、その辺上手くやれや」
了道がそう告げたとき――。
障子の向こうで、微かな物音がした。
背後を振り返った雄二が、咄嗟に障子を引き開ければ、お茶を運んできたのだろう。盆を手にした雪絵が立っていた。
雪絵の、ゆらゆらと忙しなく揺れる瞳に、会話の断片を、聞かれてしまったのだと――雄二にはすぐに分かった。
了道からは障子の向こうに立つ雪絵の影が見えていたはずなのに、敢えて聞かせたということか……。
(酷な真似を……)
そういうところが極道らしい在り方なのだと言われたら雄二には何も返せないが、初めて雪絵のことを可哀想だと思った。
「ご、ごめんなさい。……私っ」
雪絵は手にしていた盆を雄二に押し付けると、くるりと向きを変えて立ち去ってしまう。
雄二は、そんな雪絵を呼び止めることが出来なかった。