それぞれの幸せ
第4章 一番になれないと知っていて
1.葛城雪絵『覚悟の選択』
葛城雪絵が了道の住む家を離れ、千崎雄二に身の周りの世話をされながら、ひとつ屋根の下で暮らすようになって、八年の年月が過ぎた。
その間に、雪絵は了道の紹介で市内にある小さな建設会社で事務員として働き始めたし、日中は雄二とは別々に行動をすることも多くなった。
実父が極道だったからといって、今の雪絵が葛西組幹部の妻というわけではない。
だから特別に守られる立場でもなかった。
送り迎えこそ雄二がしてくれていたが、本来なら付きっ切りで守られる必要などなかった。
相変わらず家の外壁には監視カメラがいくつも設置されていて、離れにはモニタリングのために誰かが詰めてはいるけれど、それだってある意味惰性のようなもの。
放置されていたからといって、何ら問題はないのでは? と雪絵自身は思っていた。
雄二は、雪絵と暮らし始めてほどなくして、了道に〝手放せないなら愛人にしろ〟といわれたのを機に、想い人とよりを戻したらしい。
あれだけはっきり了道へ彼女のことを忘れられないと宣言していたのだ。ある意味当たり前の流れだった。
(千崎さんにとっては、その人だけが一番……)
自分との結婚を迫った了道に、雄二ははっきりと「娘のように可愛がっているお嬢さんが、《《一番に愛されない》》結婚を強いられることをなんとも思わないのか?」と問いかけていた。
雪絵はそれを聞いた時、ものすごくショックだったのを覚えている。
なぜあんなにも胸が痛んだのか、その答えを考えるまでもなく、雪絵は自分の中に芽生えていた想いを理解してしまった。
でも……。だからこそ、雪絵は雄二を縛ることができなくなってしまったのだ。
(了道おじちゃん。私、おじちゃんが言うほど割り切って千崎さんのこと、考えられないよ?)
雄二は、了道の言いつけを守ってか、愛しているんだろうその女性とは結婚はしないままに、自分の付き人も続けてくれている――。
随分と長いこと一緒にいてしまった。雄二も、三井が自分に抱いてくれていたほどではないにせよ、それなりの情は湧いているはずだった。
一緒にいればいるほど、どんどん雄二のことを好きになる。
気持ちに歯止めが利かなくなる。
(でも……千崎さんの一番は、いつも別の人……)
それがつらいと口に出来たなら、何か変わるのだろうか。
雪絵は、そんな気持ちを心の中でくすぶらせながらも、雄二にはもちろんのこと、了道にも何も言わなかった。
いや、言えなかった……。
雄二を想う気持ちは日増しに膨らんでいくのが自分でも嫌になるくらい分かったけれど、――あの日聞いた言葉が、胸に刺さったまま、抜けなくて……。すっかり、好きと言う気持ちを心の奥底に沈める癖がついてしまっていた。
親代わりの了道は、雪絵さえ嫌だと言えば……雄二と恋人との仲を引き裂いてくれるかもしれない。
それを望むことが出来たなら……この苦しさから少しは解放されるだろうか。
でも――。
そんなことをすれば、雄二はますます雪絵に対して事務的にしか接してくれなくなるはずだ。
今みたいに、〝了道から預かった大事なお嬢さん〟として世話を焼いてくれることすらなくなってしまうかもしれない。
雪絵は、〝夫から一番には愛されることのない妻〟に徹し切れる自信が持てないままに、三十路まであと少しというところまできてしまった。
それは、誰かに凍らされたわけじゃない。
自分で自分を凍らせているような選択だった。
(了道おじちゃん。極道の妻は夫に愛人のひとりやふたり……居ても許容しなくちゃいけないの?)
雪絵は了道が自分の妻に対してそんな不義理を働いていないことを知っている。雄二にはあんなことを進めながら、了道自身は奥さん一筋なのだ。
(ねぇ、おじちゃん……、私、どうしたらいいの?)
雄二と出会った時は二十歳だった雪絵も、気がつけば二十八になっていた――。
その間に、雪絵は了道の紹介で市内にある小さな建設会社で事務員として働き始めたし、日中は雄二とは別々に行動をすることも多くなった。
実父が極道だったからといって、今の雪絵が葛西組幹部の妻というわけではない。
だから特別に守られる立場でもなかった。
送り迎えこそ雄二がしてくれていたが、本来なら付きっ切りで守られる必要などなかった。
相変わらず家の外壁には監視カメラがいくつも設置されていて、離れにはモニタリングのために誰かが詰めてはいるけれど、それだってある意味惰性のようなもの。
放置されていたからといって、何ら問題はないのでは? と雪絵自身は思っていた。
雄二は、雪絵と暮らし始めてほどなくして、了道に〝手放せないなら愛人にしろ〟といわれたのを機に、想い人とよりを戻したらしい。
あれだけはっきり了道へ彼女のことを忘れられないと宣言していたのだ。ある意味当たり前の流れだった。
(千崎さんにとっては、その人だけが一番……)
自分との結婚を迫った了道に、雄二ははっきりと「娘のように可愛がっているお嬢さんが、《《一番に愛されない》》結婚を強いられることをなんとも思わないのか?」と問いかけていた。
雪絵はそれを聞いた時、ものすごくショックだったのを覚えている。
なぜあんなにも胸が痛んだのか、その答えを考えるまでもなく、雪絵は自分の中に芽生えていた想いを理解してしまった。
でも……。だからこそ、雪絵は雄二を縛ることができなくなってしまったのだ。
(了道おじちゃん。私、おじちゃんが言うほど割り切って千崎さんのこと、考えられないよ?)
雄二は、了道の言いつけを守ってか、愛しているんだろうその女性とは結婚はしないままに、自分の付き人も続けてくれている――。
随分と長いこと一緒にいてしまった。雄二も、三井が自分に抱いてくれていたほどではないにせよ、それなりの情は湧いているはずだった。
一緒にいればいるほど、どんどん雄二のことを好きになる。
気持ちに歯止めが利かなくなる。
(でも……千崎さんの一番は、いつも別の人……)
それがつらいと口に出来たなら、何か変わるのだろうか。
雪絵は、そんな気持ちを心の中でくすぶらせながらも、雄二にはもちろんのこと、了道にも何も言わなかった。
いや、言えなかった……。
雄二を想う気持ちは日増しに膨らんでいくのが自分でも嫌になるくらい分かったけれど、――あの日聞いた言葉が、胸に刺さったまま、抜けなくて……。すっかり、好きと言う気持ちを心の奥底に沈める癖がついてしまっていた。
親代わりの了道は、雪絵さえ嫌だと言えば……雄二と恋人との仲を引き裂いてくれるかもしれない。
それを望むことが出来たなら……この苦しさから少しは解放されるだろうか。
でも――。
そんなことをすれば、雄二はますます雪絵に対して事務的にしか接してくれなくなるはずだ。
今みたいに、〝了道から預かった大事なお嬢さん〟として世話を焼いてくれることすらなくなってしまうかもしれない。
雪絵は、〝夫から一番には愛されることのない妻〟に徹し切れる自信が持てないままに、三十路まであと少しというところまできてしまった。
それは、誰かに凍らされたわけじゃない。
自分で自分を凍らせているような選択だった。
(了道おじちゃん。極道の妻は夫に愛人のひとりやふたり……居ても許容しなくちゃいけないの?)
雪絵は了道が自分の妻に対してそんな不義理を働いていないことを知っている。雄二にはあんなことを進めながら、了道自身は奥さん一筋なのだ。
(ねぇ、おじちゃん……、私、どうしたらいいの?)
雄二と出会った時は二十歳だった雪絵も、気がつけば二十八になっていた――。