それぞれの幸せ
 一方で、雄二もまた、雪絵の気持ちに薄々気付かされていながらも、やはり百合香のことを忘れることが出来なかった。

 百合香が二度目に雪絵と自分が住む一軒家付近へ姿を現した時、見張り役が百合香を傷つけようと動く前に百合香を捕まえた。

 了道から、愛人としてならそばに置いてもいいと言われている。
 だからこそ、見逃すという選択肢は最初からなかった。

 これ以上こんなことを続ければ、いつか百合香は雪絵をガードするモニタリングの面々から制裁を受けることになるだろう。
 その暴力から百合香を守るためという名目を掲げて、実際には――逃がさないために、腕の中へ囲い込んだ。

「……雄ちゃん」

 久しぶりにすぐそばで聞く愛しい女の声。
 名前を呼ばれただけで、理性が揺らいだ。

「あのね、雄ちゃん。私、結婚できなくてもいい。ただ雄ちゃんのそばにいたい……」

 雄二が切り出すまでもなく、百合香はまるですべてを悟っているみたいに、静かに笑った。

「雄ちゃんは組長さんが決めた人と結婚しなきゃいけないんでしょう? だったら私は影の女でいい。それであなたと一緒にいられるなら……私、それでいい」

 組と、情愛。
 板挟みになっている雄二の心を、百合香は理解していた。

 それが、何よりも苦しかった。

 抱き寄せた瞬間、抑えていたものが、すべて溢れた。

 久々に触れた体温。
 忘れられるはずがない。

 ――断てない想いは、ここにある。


***


 葛西了道の一人娘・琴音は、高校を卒業すると同時に、母親の友人夫婦の息子で、十歳ほど年上の幼なじみの〝お兄ちゃん〟――商社に勤める一般人男性のもとへ嫁ぐと言い出した。
 もともと知らない仲じゃない。
 海外勤務になった彼を追いかけて「一緒に行くの!」とごねる琴音を、了道は思いなおすよう説得を試みたのだが、娘の目は一度も揺らがなかった。
「お父さんが許してくれなくても私、勝手に行くから!」
 そう言って荷造りを始めた琴音を、力づくで軟禁しようとした了道だったのだが、妻の佳代(かよ)から猛反対された。
「どこの世界に娘を閉じ込める親がいるんですか!」
 もともと佳代には頭が上がらない了道は、しぶしぶ娘の結婚を承知したのだが、それには佳代の告げた、「日本にいたら、琴音はどうあったって葛西組の組長の娘としか見られない」という言葉も大きかった。
 佳代は、一人娘の琴音に、〝人並みの幸せ〟を与えてやりたいらしい。
 ゆくゆくは世話役をさせていた相良(さがら)京介(きょうすけ)に嫁がせるのも悪くないと思っていた了道だったのだが、「どちらにも気持ちがないのにそんなことするの?」と佳代から白い目で見られて諦めた。

 結果、嵐のような琴音の結婚で、長らく彼女の付き人を務めていた相良京介の役目は唐突に終わりを告げ、いい機会だから……と葛西組からの独立を許されたのだ。
 新たに立ち上げられた葛西組の二次団体『相良組』には、京介の補佐として、千崎(せんざき)雄二(ゆうじ)三井(みつい)隆司(たかし)が選出された。

 それは、組の中での配置が変わっただけの話で、取り立てて騒ぎ立てるような出来事ではなかった。

 今からちょうど一年前――。
 相良京介が二十五、雄二が三十五、三井が三十七の歳のことだった。


***


 立ち上げてそれほど経っていない相良組の事務所は、まだ新しい匂いが残っていた。
 構成員はこの十二か月余りで一〇名以上に増えていたが、それにしたってまだまだ小さな組織。部屋住みの形で色々教えている真っ最中の若手が多かったから、必然的に事務仕事の多くは、雄二や三井の手にかかってくる。
 とりわけ雄二は銀行員の経験がある。帳簿を見るのは誰よりもお手の物だった。

 相良組のしのぎは、京介の主義で普通の会社みたいな形を取ることになった。
 一番有力候補だと思われた金貸しの話は、最初から選択肢に残らなかった。

 雄二はパソコン画面に視線を落としたまま、キーボードを叩く手を止める。
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