それぞれの幸せ
第2章 極道への扉

1.千崎雄二『崩れた秤―正義の終わる場所―』

 千崎(せんざき)雄二(ゆうじ)が昇進の知らせを受けたのは、彼がちょうど二十八歳になった春先だった。
 新卒採用で大手都市銀行のひとつ『あすな銀行』に入行してから五年。法人営業課で地元企業を担当し、同期の中でもいち早く主任に抜擢(ばってき)された。上司や同僚らからも一目置かれ、地元の社長たちから「若いのに筋がいい」と言われるのが密かな誇りだった。

 ――まさに順風満帆。雄二の銀行員としての未来は、明るく拓けているはずだった。

 辞令が出た夜、雄二は幼馴染みで恋人の桐生(きりゅう)百合香(ゆりか)と小さなフレンチレストランで食事をした。雄二より六つ年下の百合香は、この春三年間通った服飾専門学校を卒業したばかり。四月からは念願のランジェリーメーカーに就職することが決まっている。

(ゆう)ちゃん、主任昇進おめでとう!」
「百合香も卒業と就職、おめでとう。よく頑張ったな」
「うん! 優秀な恋人の背中を見てたんだもん。頑張るしかないじゃない?」
 嬉しそうに「たった五年で主任さんとか……ホントすごい!」と目を輝かせる百合香に、雄二はどこか照れくさそうに微笑んだ。
「まだ肩書きだけだよ。これからはもっと頑張るつもりだ」
 今はまだだが、雄二は百合香の二十三の誕生日に、婚約指輪を贈るつもりでいる。
「私ね、ファッションの中でもランジェリーに関わる仕事がしたかったの。やっと夢が叶うのよ」
 弾むように言う彼女の声に、眼鏡の奥で雄二の瞳が柔らかく細められ、自然と頬が緩んだ。
「ああ。百合香なら絶対うまくいく」
 雄二は即答した。主任に昇進した自分と、夢を叶えた百合香。二人の未来は、揃うべくして揃ったと思えた。
「……雄ちゃん、これからもずっとずっと一緒にいようね」
「もちろんだ」
 グラスが軽やかに触れ合う音が、二人の未来を祝福する合図のように響き合った。
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