それぞれの幸せ
――帳簿画面を見つめながら、雄二は相良組を立ち上げたばかりの頃へ記憶を飛ばした。
***
まだ事務所が出来たばかりで、机も椅子も仮のものだった頃。
相良組の事務所で、京介は机に肘をついたまま、雄二と三井を見つめた。
「俺はな、相良組は普通の会社みてぇな形で、しのぎを立てたいと思ってんだ」
雄二は一瞬だけ視線を伏せた。
「……現実的に考えれば、金貸しが一番早いですと申し上げたはずです」
そう言いはしたが、声音は淡々としている。
押す気がないことは、京介にも三井にもすぐに伝わった。
「元手があって、回りも早い。ノウハウも、私が持っています」
――銀行にいた頃の知識だ。
言葉にしなくても、その裏は分かる。
三井が、ちらりと雄二を見る。
「だが、千崎。金貸しの件、お前、強く勧めてこねぇよな?」
京介が、ぽつりとそう言った。
雄二は否定しなかった。
代わりに、静かに息を吐く。
「……向いてない人間ってのも必ず一定数います。金を扱う仕事は、取り立ての際に線を越えるやつも多い」
上がしっかりしていれば、ある程度は防げるだろう。
だが、いくら目を光らせていても、四六時中、下の者たちを見張っていられるわけじゃない。
雄二は表情を変えないままに、父親や――ひいては自分たち家族と百合香を追い詰めた、あすな銀行の面々やネクサスファイナンスの男たちのことを思い出していた。
京介は、そこを掘り下げなかった。
ただ、短く頷く。
「千崎よ。お前、誰かにテメェと同じ思いをさせたくねぇんだろ?」
雄二の肩が、ほんのわずかに揺れた。
「……自分たちが加害者側になるという可能性を、否定しきれなくて少しばかり躊躇してるだけです」
言い訳にも、言い切りにもならない答え。
三井が煙草を灰皿に置きながら、口を挟む。
「新しく入ってくるやつらがみんな、千崎のように頭を使えるたぁ限らねぇし、俺たちのように自分を抑えられるとは言い切れねぇからな」
「三井の言うとおりだ」
京介は椅子にもたれた。
「だから、解体業者だ。身体を使って、汗かいて、今日の飯を自分で稼げる仕事にする」
雄二は、ゆっくりと頷いた。
「……学歴はいらない。現場に出れば、逃げ場もなくなる。――かつての俺がそうだったように」
京介にもまた、雄二と同じように極道に至るまでの過去がある。
中学を卒業したと同時になんの資格もない京介は、土木建設会社で下働きをしていたらしい。
その時のことを軽く話したあと、京介がニヤリと笑った。
「伝手は俺が持ってる。葛西のオヤジにも根回しは頼んでる」
雄二は京介の言葉を聞きながら、雪絵も了道の口利きで〝建設会社〟で事務員をしていることを思い出した。
「そこから始めて……利益が出たら別のしのぎも見つける。うちの組に来てくれるやつらにはまず、何の資格もなくても身一つありゃぁ〝働ける場所〟を渡す」
金を渡す前に。
夢を語る前に。
「資格なんてのは働きながら取らせりゃいい」
京介は、そう言って肩を竦めた。
とはいえ――。
京介自身は、ある程度の資格を持っている。
土建屋の下働きだった頃に取らされたものもあれば、必要に迫られて、自分で金を出して取ったものもあった。中卒で持っていなかった運転免許証も、免許が取れる年になった折に、了道が取らせてくれたのだと恥も外聞もない様子で言い放つ。
雄二は、そんな京介を見て、この男なら全力で支えるに値する頭になってくれると思った。
「最初から何でも出来る奴なんざ、いねぇからな」
京介は、机に置いた指を一本、折る。
「現場に出て、道具の名前を覚えて、邪魔にならねぇ動きを身につけて、それから資格を取る」
もう一本、指を折る。
「そうやって、少しずつ出来ることを増やしゃいい」
三井が、低く息を吐いた。
「逃げ道を塞ぐやり方だな」
「違ぇよ」
京介は、即座に言った。
***
まだ事務所が出来たばかりで、机も椅子も仮のものだった頃。
相良組の事務所で、京介は机に肘をついたまま、雄二と三井を見つめた。
「俺はな、相良組は普通の会社みてぇな形で、しのぎを立てたいと思ってんだ」
雄二は一瞬だけ視線を伏せた。
「……現実的に考えれば、金貸しが一番早いですと申し上げたはずです」
そう言いはしたが、声音は淡々としている。
押す気がないことは、京介にも三井にもすぐに伝わった。
「元手があって、回りも早い。ノウハウも、私が持っています」
――銀行にいた頃の知識だ。
言葉にしなくても、その裏は分かる。
三井が、ちらりと雄二を見る。
「だが、千崎。金貸しの件、お前、強く勧めてこねぇよな?」
京介が、ぽつりとそう言った。
雄二は否定しなかった。
代わりに、静かに息を吐く。
「……向いてない人間ってのも必ず一定数います。金を扱う仕事は、取り立ての際に線を越えるやつも多い」
上がしっかりしていれば、ある程度は防げるだろう。
だが、いくら目を光らせていても、四六時中、下の者たちを見張っていられるわけじゃない。
雄二は表情を変えないままに、父親や――ひいては自分たち家族と百合香を追い詰めた、あすな銀行の面々やネクサスファイナンスの男たちのことを思い出していた。
京介は、そこを掘り下げなかった。
ただ、短く頷く。
「千崎よ。お前、誰かにテメェと同じ思いをさせたくねぇんだろ?」
雄二の肩が、ほんのわずかに揺れた。
「……自分たちが加害者側になるという可能性を、否定しきれなくて少しばかり躊躇してるだけです」
言い訳にも、言い切りにもならない答え。
三井が煙草を灰皿に置きながら、口を挟む。
「新しく入ってくるやつらがみんな、千崎のように頭を使えるたぁ限らねぇし、俺たちのように自分を抑えられるとは言い切れねぇからな」
「三井の言うとおりだ」
京介は椅子にもたれた。
「だから、解体業者だ。身体を使って、汗かいて、今日の飯を自分で稼げる仕事にする」
雄二は、ゆっくりと頷いた。
「……学歴はいらない。現場に出れば、逃げ場もなくなる。――かつての俺がそうだったように」
京介にもまた、雄二と同じように極道に至るまでの過去がある。
中学を卒業したと同時になんの資格もない京介は、土木建設会社で下働きをしていたらしい。
その時のことを軽く話したあと、京介がニヤリと笑った。
「伝手は俺が持ってる。葛西のオヤジにも根回しは頼んでる」
雄二は京介の言葉を聞きながら、雪絵も了道の口利きで〝建設会社〟で事務員をしていることを思い出した。
「そこから始めて……利益が出たら別のしのぎも見つける。うちの組に来てくれるやつらにはまず、何の資格もなくても身一つありゃぁ〝働ける場所〟を渡す」
金を渡す前に。
夢を語る前に。
「資格なんてのは働きながら取らせりゃいい」
京介は、そう言って肩を竦めた。
とはいえ――。
京介自身は、ある程度の資格を持っている。
土建屋の下働きだった頃に取らされたものもあれば、必要に迫られて、自分で金を出して取ったものもあった。中卒で持っていなかった運転免許証も、免許が取れる年になった折に、了道が取らせてくれたのだと恥も外聞もない様子で言い放つ。
雄二は、そんな京介を見て、この男なら全力で支えるに値する頭になってくれると思った。
「最初から何でも出来る奴なんざ、いねぇからな」
京介は、机に置いた指を一本、折る。
「現場に出て、道具の名前を覚えて、邪魔にならねぇ動きを身につけて、それから資格を取る」
もう一本、指を折る。
「そうやって、少しずつ出来ることを増やしゃいい」
三井が、低く息を吐いた。
「逃げ道を塞ぐやり方だな」
「違ぇよ」
京介は、即座に言った。