それぞれの幸せ

【挿話】 葛城雪絵『一番じゃなくても』

 私は、最初から分かっていた。
 千崎さんに、ほかに大切な人がいることを。

 誰かに教えられたわけじゃない。
 問い詰めたことも、確かめたこともない。
 ただ――一緒にいればいるほど、分かってしまっただけだ。

 優しいのに、踏み込んでこない。
 守ってくれるのに、縛ろうとしない。
 それは、私だけを見ている人の距離じゃなかった。
 むしろ彼の言動の端々から、私のことなんてちっとも見えていなくて……彼の心の中にはいつも別の誰かがいると突きつけられていた。
 いくら了道おじちゃんが立場で千崎さんを私のそばへ縛り付けても、彼の心だけはどうしようもなかった。

 そんな折――。了道おじちゃんと千崎さんが話しているのを聞いてしまったことが、決定打になった。彼は、好きな人がいるから私を一番にはできないと明言していた。
 分かっていたのに……ハッキリそう言われるとさすがにこたえていたたまれない気持ちになったのを覚えている。

 忘れなきゃ……。別の人を愛さなきゃ……。
 そう思っている時点で、きっともう手遅れだったんだよね。
 千崎さんのことをどうしようもなく好きな気持ちは、自分でも信じられないくらい抑えられなくなっていた。

 最初は近づき難くて怖い人だと思っていたのに……。
 どうしてこんなに好きになってしまったのか、言葉にしようとしてもはっきり言い表せない。
 だけど……ただ黙って手放してしまうには、彼と過ごした八年という歳月は長すぎた。
 このままじゃダメ。
 そう思おうとしても、気持ちはどんどん大きくなるばかり。

 八年間――。
 同じ屋根の下で彼とともに過ごした時間は、私の人生の三分の一以上。
 その間、私はずっと千崎さんへの思いを募らせながら、どうしようもない現実に立ち向かう勇気が持てずに無為に過ごしてしまった。
 自分ではどうにも決着をつけられないこの恋情に、誰かが手を差し伸べてくれるのを……他力本願に〝待つだけ〟のダメな女だった。

 千崎さんから与えられる全てが、それが情なのか、責任なのか、惰性なのか――、それすらも分からないまま、ひとつ屋根の下でただただ淡々と変わらない距離間のまま、彼と過ごす。

 そんな日々の中でも、彼が変わらず愛する人との逢瀬を重ねていることにも気づかないふりをして……自分の気持ちにも(ふた)をして……私は何をしていたんだろう?

(馬鹿だな、私……)

 八年も掛けて……分かったことはひとつだけ。

 待っているだけでは、何も変わらない。

 答えを出すのが怖いからと……都合の悪いことから目をそらして居心地のいい場所にいることは、不毛の檻だ。

 千崎さんが、誰を想っているのか。
 私のそばにいるときでさえ、彼の心が誰のもとへ在るのか。
 それを問い詰める資格が、私にはないと思っていたけれど――。

 了道おじちゃんから呼び出しが掛かってしまったことをきっかけに、私は初めて自分の気持ちと真剣に向き合った。

 いっそのこと了道おじちゃんにお願いして、無理矢理にでも彼を自分のそばから引きはがしてもらう?
 そうしたら少なくとも千崎さんは幸せになれるよね?
 私には……誰か別の人をあてがってもらえば済むことだもの。

 そこまで考えて、『千崎さん以外の人と一緒にいるのは嫌!』と叫ぶ自分の本心にやっと気が付いた。

 一番じゃなくてもいい。
 愛されなくてもいい。
 ――ただ、隣に立つ権利だけは失いたくないって……それだけを(こいねが)っている私がいた。

 本音を言うと、私だけを見て欲しい。
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