それぞれの幸せ
「その方との関係に口出しをしない代わりに、子を成すのは――正妻である私とだけにしていただきたいのです」
了道が眉をひそめる。
「おい、雪絵……お前正気か?」
「はい」
雪絵は顔を上げ、初めて雄二の方を見た。その瞳は澄んでいて、迷いがない。少なくとも、雄二にはそう見えた。
「ただし、三年以内に私たちの間に子ができなかった場合、この婚姻は解消してくださって結構です。その際には私は何も言わずに雄二さんの前から姿を消します」
言葉が、畳に落ちる。
雄二は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。頭の中で反芻して、ようやく意味が追いつく。
「……離婚、ってことか?」
了道の言葉に、
「はい」
と答える雪絵のさまは、あまりにも淡々として見えた。
了道が思わず声を荒げる。
「雪絵、お前……。何もそこまで思い詰めなくてもいいんだぞ?」
その言葉に、雪絵は首を横に振った。
「思い詰めてなんかいませんよ」
静かで、感情の揺れを感じさせない声。
「極道の妻として……合理的に判断しただけです。私は今年で二十八になります。出産のリスクや、今後の人生設計を考えれば、期限を設けるのは自然なことだと思います」
淡々と告げられる雪絵の言葉に、了道が何を言ったらいいのか分からないみたいに拳を握りしめたのが見えた。雄二たちには非道な男も、我が子のように育ててきた雪絵にはその限りではないらしい。
「雄二さんからは一番に愛されないこと前提の結婚です。子供がいなければ、私もさすがに耐えられません」
「だったら……」
「それでも私は雄二さんを縛りたい……」
雄二は、喉の奥がひりつくのを感じた。
雄二のことを不条理な提案をしてまで縛り付けたいと言いながら、同じ口で合理性を説く。
裏の世界での考え方としては、間違ってはいないのかもしれない。だが、そのどれもが、結婚という言葉と噛み合わない気がしてならないのは、自分がまだ極道側に染まり切れていないということだろうか。
「……雪絵、本気、……なんだな?」
思わずといった調子で問い返す了道に、雪絵はただひとこと「はい」と答えた。その声に迷いは微塵も感じられなかった。
「条件は……それだけか?」
問いかける了道に、雪絵が小さく首を振る。
「もうひとつ、あります」
そこで、ほんの一瞬だけ間が空いた。
だがそれも、雄二が息を吸うより早く埋められる。
雪絵が雄二の方を見た。
「雄二さん、お嫌かもしれませんが、その三年間、夫婦の営みについて、努力義務を要求します」
雪絵の言葉には雄二も驚いたが、了道も同様だったらしい。
「努力、義務……?」
雄二が問いかけるより先に、了道がそうつぶやいていた。
「はい。私に月の触りがきているとき、またはお互いが体調不良でない限り、私との間に子を為す義務を果たしていただきたいのです。そうですね……。最低でも、――週に一度は」
雄二の思考が、完全に止まった。
週に一度。
義務。
雪絵は、相変わらず感情の起伏を見せない。
「正当な理由なく、私を抱かない週があった場合――その週は、愛する女性に会うことも禁止といたします」
畳の上に、見えない線が引かれた気がした。
雄二は、無意識に拳を握りしめていた。胸の奥で、何かがざわつく。怒りなのか、戸惑いなのか、それとも別の感情なのか、自分でも分からない。
百合香以外を愛さないと先に雪絵を拒絶したのは他ならぬ、雄二である。
了道が眉をひそめる。
「おい、雪絵……お前正気か?」
「はい」
雪絵は顔を上げ、初めて雄二の方を見た。その瞳は澄んでいて、迷いがない。少なくとも、雄二にはそう見えた。
「ただし、三年以内に私たちの間に子ができなかった場合、この婚姻は解消してくださって結構です。その際には私は何も言わずに雄二さんの前から姿を消します」
言葉が、畳に落ちる。
雄二は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。頭の中で反芻して、ようやく意味が追いつく。
「……離婚、ってことか?」
了道の言葉に、
「はい」
と答える雪絵のさまは、あまりにも淡々として見えた。
了道が思わず声を荒げる。
「雪絵、お前……。何もそこまで思い詰めなくてもいいんだぞ?」
その言葉に、雪絵は首を横に振った。
「思い詰めてなんかいませんよ」
静かで、感情の揺れを感じさせない声。
「極道の妻として……合理的に判断しただけです。私は今年で二十八になります。出産のリスクや、今後の人生設計を考えれば、期限を設けるのは自然なことだと思います」
淡々と告げられる雪絵の言葉に、了道が何を言ったらいいのか分からないみたいに拳を握りしめたのが見えた。雄二たちには非道な男も、我が子のように育ててきた雪絵にはその限りではないらしい。
「雄二さんからは一番に愛されないこと前提の結婚です。子供がいなければ、私もさすがに耐えられません」
「だったら……」
「それでも私は雄二さんを縛りたい……」
雄二は、喉の奥がひりつくのを感じた。
雄二のことを不条理な提案をしてまで縛り付けたいと言いながら、同じ口で合理性を説く。
裏の世界での考え方としては、間違ってはいないのかもしれない。だが、そのどれもが、結婚という言葉と噛み合わない気がしてならないのは、自分がまだ極道側に染まり切れていないということだろうか。
「……雪絵、本気、……なんだな?」
思わずといった調子で問い返す了道に、雪絵はただひとこと「はい」と答えた。その声に迷いは微塵も感じられなかった。
「条件は……それだけか?」
問いかける了道に、雪絵が小さく首を振る。
「もうひとつ、あります」
そこで、ほんの一瞬だけ間が空いた。
だがそれも、雄二が息を吸うより早く埋められる。
雪絵が雄二の方を見た。
「雄二さん、お嫌かもしれませんが、その三年間、夫婦の営みについて、努力義務を要求します」
雪絵の言葉には雄二も驚いたが、了道も同様だったらしい。
「努力、義務……?」
雄二が問いかけるより先に、了道がそうつぶやいていた。
「はい。私に月の触りがきているとき、またはお互いが体調不良でない限り、私との間に子を為す義務を果たしていただきたいのです。そうですね……。最低でも、――週に一度は」
雄二の思考が、完全に止まった。
週に一度。
義務。
雪絵は、相変わらず感情の起伏を見せない。
「正当な理由なく、私を抱かない週があった場合――その週は、愛する女性に会うことも禁止といたします」
畳の上に、見えない線が引かれた気がした。
雄二は、無意識に拳を握りしめていた。胸の奥で、何かがざわつく。怒りなのか、戸惑いなのか、それとも別の感情なのか、自分でも分からない。
百合香以外を愛さないと先に雪絵を拒絶したのは他ならぬ、雄二である。