それぞれの幸せ
第7章 その名を呼ぶたびに
第1節 千崎雪絵『百香のお願い』
「ねえ、ママ……」
食後の食器を片付けていた雪絵の背中に、遠慮がちな声がかかる。
振り向くと、娘の百香が立っていた。
雄二はすでに仕事へ出た後で、家には雪絵と百香の二人きりだった。
「パパがいると話しづらかったから……ママと二人きりになれるの待ってたの」
ソワソワした様子で近付いてくる百香は、いつの間にか雪絵の肩に届きそうなくらい背が伸びていた。ついこの前まで腕の中にすっぽり収まるほど小さかったはずなのに――子どもの成長というのは本当に早い。
「……パパに言えない話って……なぁに?」
雪絵がそう尋ねると、百香は少しもじもじしながら視線を落とした。
それからちらりと玄関の方を見る。
そこに父親の姿が本当にないことを確かめてから、声をひそめた。
「……あのね、ママ」
「うん?」
「お友だちがね、中通りの方にすごく可愛い下着のお店があるって言ってたの」
「下着?」
思わず聞き返すと、百香の頬がほんのり赤くなる。
「なんかね……スポーツブラとかも、すごく可愛いんだって」
言いながら、自分の胸元を少しだけ気にするように手で押さえた。
最近になって、百香の体にも少しずつ変化が出始めている。そろそろそういうものを用意してやらなければならない時期だとは思っていた。
「お友だちのお姉ちゃんが、そこで働いてるらしくて……」
百香は遠慮がちに雪絵を見上げる。
「私も……行ってみたいなって思って」
小さなお願いだった。
けれど、雪絵はその言葉を聞きながら、ふと胸の奥が柔らかくなるのを感じていた。
赤ん坊だったこの子が、こんな相談をするようになるなんて。
「そうね」
雪絵は少し笑って頷いた。
「今度、見に行ってみましょうか」
百香の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「ええ」
「やった!」
嬉しそうに笑う娘が、ちょっとだけ黙って「あの……」とつぶやく。
「ん?」
「パパには内緒にしてね?」
恥じらう娘の顔を見ながら、雪絵は「もちろんよ」とうなずいた。
男親には、恥ずかしくて言えないこともあるのだろう。
(百香を生んで良かった……)
この子の成長を見ていられることが、いまの雪絵にとっては、何よりも幸せなことだった。
***
数日後。
百香を学校へ送り出したあと、雪絵は一人で街へ出ていた。
――中通りの方に、すごく可愛い下着のお店がある。
少し恥ずかしそうにそう話していた百香の顔を思い出しながら、雪絵は通りをゆっくり歩く。
百香と一緒に来る前に、一度自分の目で確かめておこうと思っただけだった。子供の目には可愛らしく見えても、大人の目で精査したらセクシーすぎるラインナップしかないかもしれない。
まだ十歳とはいえ、百香には先日初潮もきた。
もう、そういうものが必要になる年頃なのだ。
店の雰囲気や品揃えを見ておけば、娘を安心して連れてこられるだろう。
そう思って中通りへ足を向けたのだが……。
ふと、雪絵は足を止めた。
食後の食器を片付けていた雪絵の背中に、遠慮がちな声がかかる。
振り向くと、娘の百香が立っていた。
雄二はすでに仕事へ出た後で、家には雪絵と百香の二人きりだった。
「パパがいると話しづらかったから……ママと二人きりになれるの待ってたの」
ソワソワした様子で近付いてくる百香は、いつの間にか雪絵の肩に届きそうなくらい背が伸びていた。ついこの前まで腕の中にすっぽり収まるほど小さかったはずなのに――子どもの成長というのは本当に早い。
「……パパに言えない話って……なぁに?」
雪絵がそう尋ねると、百香は少しもじもじしながら視線を落とした。
それからちらりと玄関の方を見る。
そこに父親の姿が本当にないことを確かめてから、声をひそめた。
「……あのね、ママ」
「うん?」
「お友だちがね、中通りの方にすごく可愛い下着のお店があるって言ってたの」
「下着?」
思わず聞き返すと、百香の頬がほんのり赤くなる。
「なんかね……スポーツブラとかも、すごく可愛いんだって」
言いながら、自分の胸元を少しだけ気にするように手で押さえた。
最近になって、百香の体にも少しずつ変化が出始めている。そろそろそういうものを用意してやらなければならない時期だとは思っていた。
「お友だちのお姉ちゃんが、そこで働いてるらしくて……」
百香は遠慮がちに雪絵を見上げる。
「私も……行ってみたいなって思って」
小さなお願いだった。
けれど、雪絵はその言葉を聞きながら、ふと胸の奥が柔らかくなるのを感じていた。
赤ん坊だったこの子が、こんな相談をするようになるなんて。
「そうね」
雪絵は少し笑って頷いた。
「今度、見に行ってみましょうか」
百香の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「ええ」
「やった!」
嬉しそうに笑う娘が、ちょっとだけ黙って「あの……」とつぶやく。
「ん?」
「パパには内緒にしてね?」
恥じらう娘の顔を見ながら、雪絵は「もちろんよ」とうなずいた。
男親には、恥ずかしくて言えないこともあるのだろう。
(百香を生んで良かった……)
この子の成長を見ていられることが、いまの雪絵にとっては、何よりも幸せなことだった。
***
数日後。
百香を学校へ送り出したあと、雪絵は一人で街へ出ていた。
――中通りの方に、すごく可愛い下着のお店がある。
少し恥ずかしそうにそう話していた百香の顔を思い出しながら、雪絵は通りをゆっくり歩く。
百香と一緒に来る前に、一度自分の目で確かめておこうと思っただけだった。子供の目には可愛らしく見えても、大人の目で精査したらセクシーすぎるラインナップしかないかもしれない。
まだ十歳とはいえ、百香には先日初潮もきた。
もう、そういうものが必要になる年頃なのだ。
店の雰囲気や品揃えを見ておけば、娘を安心して連れてこられるだろう。
そう思って中通りへ足を向けたのだが……。
ふと、雪絵は足を止めた。