それぞれの幸せ
 返済期日が迫る中、取り立ての男たちが家へ押しかけてくるようになった。
 その頃には八重子にも、夫の幸太郎が銀行へ融資の相談に行かねばならなかったのも、また銀行がその融資を断った理由も……どうやらその借金にあると分かったのだが、全て後の祭り。

『もし返せねぇってんなら……方法はある』
 とうとう家まで押し掛けてくるようになったガラの悪い男たちが、玄関先に飾られた家族写真を見てニヤついた。
『息子さん、なかなかいい男じゃねぇか。コレならゲイビでも十分通用するぜ?』
 ゲイビがなにを意味するのかよく分からなかった八重子だったが、男の気持ちの悪い笑みを見ていてそれが、ゲイ向けAV(いかがわしいもの)であることは何となく理解した。
『それに……よく見りゃ奥さんも美人だしさ。熟女モノに出たら結構稼げるって。なぁ、考えようによっちゃ気持ちいい思いが出来て金も返せる。悪くねぇ話だろ?』
 その下卑(げび)た言葉を聞き、悲鳴を上げて怯える八重子を、幸太郎は唇を噛みしめて庇うと、吐き捨てるように言った。
『妻と息子には手を出すな! 俺が何とかするから……今日のところは帰ってくれ』
『まぁ期日まであと数日あるし……今日のところは引き下がってやるよ。けど……もし無理だったら……その時は覚悟しとけよ?』
 ククッと笑う男達を睨みつける幸太郎の思いつめたような眼差しを、八重子は忘れられない。

 誇りを持って生きてきた父は、家族を辱めるような提案を決して受け入れることなどなかった。
 ――けれど、その代わり。
 幸太郎は静かに八重子から離れ、工場の片隅――誰もいない場所で命を絶った。
 首を吊った父の亡骸の傍には、せめて保険金で家族を助けたいといった趣旨の手紙が残されていた。
 しかし、自殺では保険金が下りないことを、父は知らなかったのだ。
 結局、残されたのは借金だけ。

(こんなの、犬死にじゃないか)
 ――なぜ、俺に相談してくれなかったんだ。

 銀行員としても、息子としても、父を救えなかった。
 胸を引き裂かれるような自責が、雄二の心を焼いた。
 室内には、いつも父が磨いていた古びた旋盤機の、機械油の残り香だけが薄く漂っていた。 

 あの夜、父は何を思っていたのだろう。
 どんな気持ちで、工場(ここ)に足を運んだのか。
 ――雄二がそれを知るのは、ずっと後になってからのことだった。
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