それぞれの幸せ
「……実は……」
絞り出すように、言葉が落ちる。
「……百香の名前、なんです」
了道の眉が、わずかに動いた。
「……あの子の名前に……雄二さんの愛人の名前が、使われていて……」
声が、かすかに震える。
「……それを知ってしまって……」
そこまで言って、言葉が途切れた。
胸の奥に沈めていたものが、じわじわと浮かび上がってくる。
「……子どもだけは……絶対に、踏み込んでほしくなかったのに……」
ぽつり、と落ちた言葉は、ほとんど独り言のようだった。
了道は、しばらく何も言わなかった。
ただ、静かに雪絵を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうか」
短い一言だった。
だがそれだけで、すべてを理解したのだと分かる。
なのに、雪絵の言葉に驚いた様子も、怒りをにじませる様子もないことに、雪絵は気づいてしまった。
(……?)
こういうことを雪絵以上に嫌うのは、了道のはずなのだ。
なのに――。
(ああ、そっか……。知らなかったのは私だけだったんだ……)
おそらくは……自分には伏せられていただけで、了道には最初から百香の名前の由来が分かっていたんだろう。
遠い記憶の隅っこで、了道が百香へ初めて会いに来た日の違和感がよみがえる。
それを雪絵が知ればどうなるか、きっと了道には分かっていて……黙っていたのだ。
ひどい、とは思わなかった。
雪絵だって知らなければよかったと思った。
それを胸の内に収めてくれていた了道の親心を思って……胸がきゅっと締め付けられる。
「……なら尚更だ」
ややして落とされた了道の声の温度は、わずかに変わっていた。
「……その話は、墓まで持っていけ」
ぴたりと、空気が止まる。
「……それを百香に悟らせたら、あの子はどっちにもつけなくなる」
淡々とした現実。
「……守るってのはな、全部正直に明かすことじゃねぇ」
その言葉は、重かった。
「……嘘を背負ってでも、片方を選ばせることだ。お前も百香の名前の真実は知りたくなかっただろう?」
雪絵は、ゆっくりと目を閉じた。
分かっている。
それを百香に知らせることが、どれだけ残酷なことか――。
雪絵は、絶対に百香だけは失いたくない。
それだけははっきりと分かっていた。
その一心で、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「……言いません」
静かに、答えた。
その声は、もう揺れていなかった。
――母として、百香とともに生きる。
すべて分かった上で、自分は百香に嘘をつき通さねばならない。
了道は、しばらく雪絵を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……なら、いい。俺もそのつもりで千崎に話を通してやる」
それだけだった。
それは、組長としてというより、雪絵の親代わりとしての言葉に思えた。
雪絵には、それだけで十分だった。
百香には言えない罪を――この男も共に背負う覚悟を決めてくれたのだと分かったからだ。
雪絵は、自分がどれだけ残酷な選択をしたのかをちゃんと理解したうえで、了道の屋敷の奥――。
かつて自分に割り当てられていた部屋で、百香とともに眠りについた。
絞り出すように、言葉が落ちる。
「……百香の名前、なんです」
了道の眉が、わずかに動いた。
「……あの子の名前に……雄二さんの愛人の名前が、使われていて……」
声が、かすかに震える。
「……それを知ってしまって……」
そこまで言って、言葉が途切れた。
胸の奥に沈めていたものが、じわじわと浮かび上がってくる。
「……子どもだけは……絶対に、踏み込んでほしくなかったのに……」
ぽつり、と落ちた言葉は、ほとんど独り言のようだった。
了道は、しばらく何も言わなかった。
ただ、静かに雪絵を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうか」
短い一言だった。
だがそれだけで、すべてを理解したのだと分かる。
なのに、雪絵の言葉に驚いた様子も、怒りをにじませる様子もないことに、雪絵は気づいてしまった。
(……?)
こういうことを雪絵以上に嫌うのは、了道のはずなのだ。
なのに――。
(ああ、そっか……。知らなかったのは私だけだったんだ……)
おそらくは……自分には伏せられていただけで、了道には最初から百香の名前の由来が分かっていたんだろう。
遠い記憶の隅っこで、了道が百香へ初めて会いに来た日の違和感がよみがえる。
それを雪絵が知ればどうなるか、きっと了道には分かっていて……黙っていたのだ。
ひどい、とは思わなかった。
雪絵だって知らなければよかったと思った。
それを胸の内に収めてくれていた了道の親心を思って……胸がきゅっと締め付けられる。
「……なら尚更だ」
ややして落とされた了道の声の温度は、わずかに変わっていた。
「……その話は、墓まで持っていけ」
ぴたりと、空気が止まる。
「……それを百香に悟らせたら、あの子はどっちにもつけなくなる」
淡々とした現実。
「……守るってのはな、全部正直に明かすことじゃねぇ」
その言葉は、重かった。
「……嘘を背負ってでも、片方を選ばせることだ。お前も百香の名前の真実は知りたくなかっただろう?」
雪絵は、ゆっくりと目を閉じた。
分かっている。
それを百香に知らせることが、どれだけ残酷なことか――。
雪絵は、絶対に百香だけは失いたくない。
それだけははっきりと分かっていた。
その一心で、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「……言いません」
静かに、答えた。
その声は、もう揺れていなかった。
――母として、百香とともに生きる。
すべて分かった上で、自分は百香に嘘をつき通さねばならない。
了道は、しばらく雪絵を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……なら、いい。俺もそのつもりで千崎に話を通してやる」
それだけだった。
それは、組長としてというより、雪絵の親代わりとしての言葉に思えた。
雪絵には、それだけで十分だった。
百香には言えない罪を――この男も共に背負う覚悟を決めてくれたのだと分かったからだ。
雪絵は、自分がどれだけ残酷な選択をしたのかをちゃんと理解したうえで、了道の屋敷の奥――。
かつて自分に割り当てられていた部屋で、百香とともに眠りについた。