口煩いと婚約破棄されまして~今更助けてくれ?見返りに貴方のお兄様を紹介しなさい~

episode.2

 婚約破棄され半年ほど経った。

 始めの数日は婚約破棄されたショックよりも、あの人を改善する事が出来なかったと、栄養士としてのプライドの方が堪えた。
 だが、よく考えてみれば、あんな我儘坊ちゃんに私の貴重な時間を費やすよりも、有意義な時間があることに気が付いた。

 アーネストの両親である侯爵様からは、丁寧な謝罪文と一緒に結構な額の慰謝料を頂いた。何だかんだ言っても息子に甘い両親なので、息子が無理ならばとアーネストを説得することもなく二つ返事で了承していた。

 こちらとしては、婚約を結んでいた一年を棒にしただけではなく、手間も暇も掛けてやった分、文句の一つも言いたかった所だが、慰謝料の額を見たらそんな気持ちも吹き飛んだ。

 まあ、長い人生一年程度の無駄な時間どうって事ない。これからまだやり直せるだけの若さと時間は十分にある。
 むしろ一年で解放してくれてありがとうと言う気持ちまで芽生えた。

「平和ねぇ」

 燦々と陽の光が降り注ぐ庭で、林檎の花を浮かべたアップルティーを飲みながら、優雅な昼下がりを送っていた。

 今年のダウリング家の領地では林檎が豊作で出来も良い。余らせて腐らすのは勿体ないと、ジャムやパイ。それに今飲んでいる紅茶にして、特産物として発売中。これがまた売上がよく、利益も十分。

 更には、アーネストの食事改善のメニューが話題となり、王城で王族方の料理を担当する料理長の目に止まった事により、この度、栄養士として王城勤務が決まった。

 婚約破棄をしてからというもの、運が好転したのか驚くほどにツイている。もしや、あの人自身が疫病神だったのでは?と疑うほど。

 そうは言っても、一年一緒にいた分の情はある。

 食事をする度に思い出すのは、アーネスト(あの人)の事。

「これは好きそう」とか「ああ、これは駄目だ」とかいちいち考えてしまう。
 手のかかる子ほど可愛いとは良く言ったもので、あれだけ私の手を煩わせてくれたが、嫌いにはなれなかった。とは言っても、何度も殴ってやりたくなったし、苛立ちもした。この場合、婚約者としての愛情と言うよりは、雛を育てる親鳥の様な感じなのだろう。

「まあ、今更関係の無いことだけどね」

 呑気に呟いている背後から「お嬢様」と執事長に声をかけられた。

「あの、大変申しにくいのですが……」
「ん?」

 言いずらそうに目を伏せ、重々しい口を開く姿に嫌な予感がする。


 ***


 ザッと音を立て足を止めた先には、もう来ることがないと思っていたクライトン侯爵邸。

 真っ直ぐアーネストの私室に通され、ノックもそこそこにドアを勢いよく開けた。そこで目にしたのは、ベッドに横たわるアーネストだった。

「あぁ、シェンナ……」

 弱々しい声で私の名を呼ぶが、私は無言のまま側に寄り目を細め、ゴミを見るように蔑み見つめた。

「なッ!……いや、ひ、久しぶりだな」

 文句を言おうとしたようだが、すぐに引き攣った笑みを浮かべながら取り繕うとしてきた。

 そっとアーネストの足元へ視線を向けると、上半身はしっかり布団をかぶっているのに、足元だけは掛けられていない。

「はぁ~……」

 溜息を吐きながら頭を抱えた。

 私がここに呼ばれたのは、アーネストの足が腫れあがり激痛でベッドから下りる事すらできないから見てやってくれと言うもの。
 そもそも、私は栄養士であって医者ではない。まずは医者が先だろと伝えたが「こんな姿みっともなくて見せられらない」と変なプライドを発動して私が呼ばれた。

 まあ、結果的に私で正解だったかもしれない。彼のこの症状は『痛風』で間違いない。

 婚約破棄をして半年、食に関して口を出す者がいなくなった反動で今まで以上に好きなものを好きなだけ食べていたようだし、酒も毎日のように浴びるほど飲んでいたと聞いた。

 ならずしてなった結果がこれだ。むしろ遅すぎるぐらい。

「俺は呪いをかけられたのか!?」

 頭を抱えたまま黙っている私を見て、顔面蒼白で問いかけてくる。

「……呪いの方がまだましだったかもしれませんね」
「は!?」

 その一言に分かり易く顔を青くしている。

 痛風は風が吹いても激痛を伴なう事から『痛風』と呼ばれる。その症状は激しい痛みと腫れ。原因はプリン体の摂り過ぎ。痛風は贅沢病と呼ばれていたことがあるほど、贅沢が引き金になったりする。
 この人に関しては単に、不摂生とアルコールの摂り過ぎ。

「その痛みは1~2週間続きますよ?」
「はぁ!?」
「すべては貴方の食生活が原因です。私の言う事を大人しく聞いていればこんな苦しむこともなかったのに」


(本当……)

 ざまぁw

 なんて思いながらほくそ笑んでいると、ガシッと手を掴まれた。

「頼む!助けてくれ!」
「え?」
「どうすればいい!?この痛みが続くなんて気が狂いそうだ!助けてくれ!」

 本当の事を言っただけで脅したつもりはないが、甘やかされて育った彼は痛みにめっぽう弱いらしい。拷問を受けているような表情で助けを乞うてくる。

「そうだ!助けてくれたらもう一度婚約してやる!」

「どうだ?嬉しいだろ?」と言わんばかりの自信に満ちた顔で言われた。

「金を積まれても御免です」
「なに!?」

 笑顔で答えると、まさか断られると思っていなかったようで、分かりやすく驚いている。

「貴方から解放されて、毎日が楽しいんですけど?え、なになに?もしかして、泣いて喜ぶとでも思ったんですか?ヤダ。どんだけ自分に自信があるんです?聞いてるこっちが恥ずかしいんですけど」
「ンなッ!」

 断られた挙句に馬鹿にされるとは予想外だったと見えて、顔を真っ赤に染めて悔しそうにこちらを睨みつけている。

「それに、なんです?随分と偉そうな態度ですが?人に頼むときはどうするべきか……どんな阿呆でも分かるはずですよ」
「だ、だから婚約してやると……」
「死んでも嫌だと言ってるだろうが!馬鹿なんですか!?」
「──ッ!!」

 上から目線で頼むのを止めればいいだけなのに、根っからのお坊ちゃんのこの人には相当難題だったらしく「じゃ、じゃあ……どうすれば」なんて涙目になりながら訴えてくる。

 自業自得だとは言え、私も鬼じゃあない。だが、前回は婚約者という枷があったので仕方なく無償で時間を費やしたが、婚約を破棄した今、ちょっと顔見知っただけの他人。他人に貴重な時間を費やしてまで面倒を引き受ける聖人でもない。

「そうですね……見返りに貴方のお兄様を紹介しなさい」
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