レンズ越しの純情
「天野! 悪いけど、15時からの会議資料、あと20部追加でコピーしといて!」

「あ、はい! わかりました!」

「美琴、悪いんだけどこのサンプル返却、今日中にやっといてくれる?」

「……了解です、やっときます!」

​西新宿にある出版社、黎明社(れいめいしゃ)のビル。その一角にあるファッション誌『Vivid』編集部は、今日も戦場のような忙しさだった。

​天野美琴(27)は、山積みになった資料と格闘しながら、心の中で小さく溜息をついた。

編集者になって3年目。華やかな世界に憧れて飛び込んだはずが、現実は泥臭い雑用の連続だ。撮影現場のケータリング手配、モデルの靴磨き、深夜までの校正チェック。

「私、何のためにここに入ったんだっけ……」

そう自問自答する暇もないほど、次から次へと名前を呼ばれる。

​美琴のデスクの周りには、使いかけの付箋と飲みかけの冷めたコーヒーが散乱していた。

髪は適当なクリップでまとめ、服は動きやすさ重視の地味なパンツスタイル。オシャレを発信する側にいるはずなのに、今の自分は鏡を見るのも億劫だった。

​そんな時、編集部の空気を切り裂くような、鋭いヒールの音が近づいてきた。

編集長の川北早織だ。

​「天野! ちょっといい?」

​その声に、美琴の背筋がピンと伸びた。

これが、彼女の運命を大きく変える「嵐」の始まりだった。
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