悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

21.新たなお願い

「食堂の裏口にね、フローリアの同期だって名乗る女の子が来てるの。……自分の言うことは当然聞いてもらえる、って顔をしている子よ。やな感じ。ソフィア、だったかしら。『呼んできてくださらない?』ですって」

 食堂でランチをとっている最中、サラが席まで知らせに来てくれた。

 ソフィア、また来たのね。

「裏で待ってるけど、どうする? 今いないって伝えてこようか?」

 サラが、心配するように、様子をうかがうように続ける。


 どうしよう……。

 今ここで会わなくても、きっとまた来るわ、きっと。しばらく姿を見なかったから、もう諦めたのかと思っていたのに。

 少し考えて、私はフォークを置いた。

「……会いに行きます」

「そう?」

 サラはそれ以上何も言わなかった。

 はあ、と小さく息を吐く。正直、気が重いけど、仕方ないわ。

 裏口へ向かうと、そこにソフィアが立っていた。その微笑みは、驚くほど何も変わらない。



「あ、フローリア。久しぶり」

 軽やかな声。まるで、この前、何もなかったかのような、言い方だわ。


「……久しぶりね。どうして裏口から?」

「だって。公開されている騎士団の練習場までは入れるんだけど、この本部は無理みたいなのよ。警備の騎士に止められちゃって」

 ソフィアは少し困ったように眉を上げ、可愛らしく笑った。

 でも、普通は止められたら諦める物なんじゃないかしら……でも、それを言っても、なぜ? そう言って笑いそうね。



「そう……なんだ。あのね、前に言っていた手伝いの話だけど……」

 言葉を選びながら、私は話を早く切り上げる準備をする。できるだけ早く、穏便に断らないと。



 でも、ソフィアの表情は、どこか落ち着かない。目が泳ぎ、もじもじしているように見える。

 理由ははっきりしないけれど、嫌な予感が拭えなかった。


「あ、あれね。室長に止められちゃったわ。だからいいの、考えてくれていたんでしょう? なんだかごめんなさい。それより今日はね、フローリアに提案があって来たの」


 ソフィアはそう言って、表情を明るくする。


 提案。怖いわ……。さっきから感じていた違和感は、これだわ。



「実はね、とってもいいことを思いついたのよ。フローリアがいなくなってから、今みんなすごく困っているの。でもね、皆、反省していたから、もう前みたいに仕事を押し付けられることもないわ」

 ソフィアは楽しそうに言葉をつなぐ。


「だから、考えたの。必要とされているフローリアが元に戻って、代わりに私が騎士団の薬師になればいいんじゃないかって!」

「……え、待って? なんで、そうなるの?」


 どうして、そんな発想に行き着くの? 入れ替わる? 元に戻る?

 そんなの、嫌よ!



「なんでって?」

 ソフィアはきょとんとした顔で首を傾げる。


「フローリア、学院にも通っていないのに独学で合格するくらい、ずっと宮廷薬師になりたかったんでしょう?」

 言い切る口調に、言葉を挟む隙がない。



「それに、私、実はね、今は美容部門があまりうまくいっていなくて。だったら、心機一転、薬師として別の場所で頑張るのもいいかなって思ったの」

「……私は、戻らないわ。私の思いを、勝手に決めつけないで」

 はっきり言わないと、伝わらない。空気が一瞬だけ止まった気がしたけど、ちゃんと言えてよかった。

「そんな……チャンスよ、フローリア? あなたなら主任、いえ、室長だって狙えるわ。だって、あれだけ仕事をこなせるんだもの。私を信じて」


 一歩近づいて、懇願するように言った。

 頼んだら聞いてくれる、きっとそう思っているんだわ。


 あそこに戻らないことは、私にとって逃げではない。それなのに、どうしてこんなにも話が通じないのだろう。

 先輩たちに謝ってほしいわけでもないし、気を遣われたいわけでもない。
 戻ったとして、「本当はいい気味だと思っているんでしょう?」そんな視線を向けられる可能性だって、十分にある。

 そうなったら、居心地がいいはずがない。

 私は今、自分の居場所をようやく手に入れたの。それを、手放す気にはなれない。





「簡単に交換なんて……前にも言ったけど、私たちの一存で決められることじゃないわ」

 私は首を横に振る。


「でも、私たちが承諾していれば話は早いでしょう? 室長だって、本当は戻ってきてほしいって思っているはずよ」

 ソフィアは即座に言い返す。


「私は――第3騎士団での仕事が好きなの。だから嫌よ。ようやく仕事も軌道に乗ってきたばかりで……」

 なんて言ったら伝わるんだろう。今度こそという想いを込めて、言葉を選びながら、はっきり伝える。


 その瞬間、ソフィアの表情が曇った。


 悲しそうに視線を落としたかと思うと、両手を握りしめ、切羽詰まったように私を見た。


「お願い、フローリア! 正直に言うわ。私も、ここで働きたいの」

 働きたい?

 嫌な予感が、確信に変わる。


「これ、ウィリアムにしか言っていないから……まだ内緒にしてほしいんだけど。実は私、副団長のエドモンド様に、一目ぼれしちゃったの!」

 言い終えると、恥ずかしそうに両手で顔を覆う。その頬が赤く染まっていくのを見た瞬間、何かが音を立てて崩れ落ちた。


「……エドモンド様?」

 思わず聞き返すと、ソフィアはぱっと顔を明るくした。



「そうなの、エドモンド様! あっ、もちろんね、あなたには宮廷薬師として活躍してほしいのが一番よ? 嘘じゃないわ。そうしたら、ここに薬師がいなくなるでしょう? でも私、エドモンド様のことをもっと知りたいから、ここで働いてもいいの。だから、気にしないで」

 気にしないで――? もう、言っていることがおかしすぎる。結局、自分のためなのだわ。



「大丈夫、お父様だって、私、ちゃんと説得してみせるわ」

 ……何を、言っているの。

 エドモンド様のことをもっと知りたい。ここで働いてもいい。気にしないで。

 頭の中で、言葉が何度も反響する。

 ソフィアの無邪気な笑顔は、容赦なく私を追い詰めていった。



「じゃあ、また来るから。考えておいてね」

 別れ際、彼女はいつもの調子で笑う。
 取り残された私は、その場にしばらく立ち尽くした。


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