悪気がないかどうか、それを決めるのは私です
9.目的があると
「よし……頼まれたのは、傷薬と痛み止め。それから、初級ポーションね」
仮に用意してもらった作業室に入り、私はすぐに薬づくりに取り掛かった。
一度手を動かし始めると、不思議なほど心が落ち着く。雑念は薄れ、指先の感覚だけが研ぎ澄まされていく。
作業台の上には、薬草、瓶、秤がきちんと並べられている。
広さは限られているけれど、今の私には十分だった。私のためだけに用意された小さな実験室のようで、気持ちが高揚する。
本当に、こんなに簡単に採用してもらってよかったのかしら。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。正直に言えば、同情もあったのだと思う。
エドモンド様が評価してくれたのは、あの胃痛を和らげるポーション一つだけ。それだけで決まった話なのだ。
だからこそ……役に立たなければ。“拾ってよかった”と思ってもらえる薬師でいなければならない。
そう思うと、不思議と手が止まらなかった。
目的がはっきりしていると、こんなにも作業は捗るのかと、自分でも驚く。
気づけば、二時間が過ぎていた。
完成した薬瓶を一つひとつ並べていく。澄んだ色の傷薬、香りを抑えた痛み止め、そして初級ポーション。 整然と並んだそれらを眺めながら、胸いっぱいに達成感が広がった。
……やっぱり、私は薬を作っている時が一番落ち着くわ。
静かな作業室で、久しぶりにそんな実感を噛みしめていた。
コンコンコン。
「はい、どうぞ」
扉が開き、エドモンド様が顔を覗かせた。
「フローリア、そろそろ休憩しないか? 今日来たばかりで、疲れただろ……え?」
言葉の途中で、エドモンド様の視線が作業台へと吸い寄せられる。そこに整然と並べられた薬瓶に、完全に釘付けになっていた。
あれ……少なかったかしら?
「す、すみません。もう少し時間があれば、もっと作れるのですが……」
「は? あ、いや……え? ポーションが、十本もあるぞ?」
「はい。初級ですから?」
当然のように答えたあと、ふと不安が胸をよぎる。
「あれ? もしかして……中級をお求めでしたか?」
聞き間違えていたのだろうか。もしそうだったら、薬草を無駄にしてしまったかもしれない。血の気が引くのを感じながら、私はエドモンド様の表情を恐る恐るうかがった。
「違う違う。爺さん、たぶん一本くらいのつもりだったと思うぞ? いや、作りすぎ、という意味ではない。むしろ多い方が助かるんだがな。うーん、普通は一日に五本作れれば上出来だって聞いた気がするが……」
そう言って、エドモンド様は感心したように息を吐いた。
「すげえな、さすが宮廷薬師」
確かに……ノルマは一日五本だったわね。でも、私は頼まれていた分もあったから。いつも通りの数を作っていたことに、今さら気づく。
「とにかく休憩しよう。爺さんが、話をしたくてうずうずしているみたいだったぞ」
完成した薬瓶をエドモンド様が抱え、二人でアルバン様の待つ医療室へ向かった。
◇
「爺さん、見ろよ。さすが宮廷薬師だろ」
元気よく言われて、私は思わず視線を伏せる。少し、照れくさい。
「おお、もうできたのか……って、この数はいったい……」
アルバン様の言葉に、胸がきゅっと縮んだ。
あれ……?
エドモンド様は褒めてくださったけれど、医師であるアルバン様から見たら、この数では物足りなかったのだろうか。そんな不安が、また広がり始めた。
「爺さん、その言い方だとフローリアが勘違いするだろ。ほら、俯いちまったじゃないか」
「む……あ、ああ、すまん。そういう意味ではない。思っていたより“多い”という意味だ」
エドモンド様に言われ、アルバン様は慌てて言葉を改めた。
「フローリア、疑っているわけではないんだが……少し鑑定をしてもいいだろうか」
医師の中には鑑定資格を持つ者が多いと聞いている。私はその資格を持っていないからこそ、評価されることに緊張を覚えつつも、頷いた。
「ええ、もちろんです。ぜひ」
アルバン様はポーションを手に取り、瓶越しに色を確かめ、検査紙に一滴垂らす。その一挙一動を見守りながら、心の中で祈る。
どうか……アルバン様の求める水準に、届いていますように。
「……うむ。どれも問題ないな」
そう言うと、アルバン様は一本を手に取った。
「すまんが、一本、実際に飲ませてもらうぞ」
私が頷くのを確認し、アルバン様は躊躇なくそれを飲み干した。
「……ふむ」
一拍置いて、アルバン様の表情が変わる。
「おお……腰と膝の痛みが、ずいぶん楽になった。ははは、こりゃあすごい」
そして、私をまっすぐ見て言った。
「フローリア。これは“初級”ポーションじゃない。中級相当だ」
「……中級、ですか? いえ、そんなはずは……。手順も、使った薬草も、初級ポーションのものですから」
思わず否定すると、アルバン様は楽しそうに目を細めた。
「いやいや、優秀な薬師ほど、薬草の効能を最大限に引き出せるものだ。中級用の薬草を使わずとも、同等の効果にまで高めることができる」
そう言って、少し考えるように顎に手を当てる。
「……初級ポーションにもな、“出来”の差がある。初級のAランクとEランク、と言った方が分かりやすいかの」
首を傾げて聞いていたエドモンド様が、納得したように口を挟んだ。
「よく分からんが、材料をただ混ぜただけじゃ、パンは焼けない、みたいな感じか?」
その例えに、思わず笑みがこぼれる。
確かに、薬草もただ混ぜ合わせるだけでは意味がない。それぞれの特性を引き出し、調和させてこそ、良い薬になるのだから。
「まあ、中らずといえども遠からず、じゃな。エドモンドにしては上出来だ」
「一言多いんだよ、爺さんは」
二人のやり取りに、場の空気が和む。
「それにしても……この腕前の薬師を手放すとはな。宮廷薬師たちも、つくづく見る目がない」
アルバン様は軽く肩をすくめ、静かに頷いた。
お世辞だと分かっていても、その言葉の温かさにほっとする。
ここでなら、私はもう一度、薬師としてやり直せるわ。
仮に用意してもらった作業室に入り、私はすぐに薬づくりに取り掛かった。
一度手を動かし始めると、不思議なほど心が落ち着く。雑念は薄れ、指先の感覚だけが研ぎ澄まされていく。
作業台の上には、薬草、瓶、秤がきちんと並べられている。
広さは限られているけれど、今の私には十分だった。私のためだけに用意された小さな実験室のようで、気持ちが高揚する。
本当に、こんなに簡単に採用してもらってよかったのかしら。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。正直に言えば、同情もあったのだと思う。
エドモンド様が評価してくれたのは、あの胃痛を和らげるポーション一つだけ。それだけで決まった話なのだ。
だからこそ……役に立たなければ。“拾ってよかった”と思ってもらえる薬師でいなければならない。
そう思うと、不思議と手が止まらなかった。
目的がはっきりしていると、こんなにも作業は捗るのかと、自分でも驚く。
気づけば、二時間が過ぎていた。
完成した薬瓶を一つひとつ並べていく。澄んだ色の傷薬、香りを抑えた痛み止め、そして初級ポーション。 整然と並んだそれらを眺めながら、胸いっぱいに達成感が広がった。
……やっぱり、私は薬を作っている時が一番落ち着くわ。
静かな作業室で、久しぶりにそんな実感を噛みしめていた。
コンコンコン。
「はい、どうぞ」
扉が開き、エドモンド様が顔を覗かせた。
「フローリア、そろそろ休憩しないか? 今日来たばかりで、疲れただろ……え?」
言葉の途中で、エドモンド様の視線が作業台へと吸い寄せられる。そこに整然と並べられた薬瓶に、完全に釘付けになっていた。
あれ……少なかったかしら?
「す、すみません。もう少し時間があれば、もっと作れるのですが……」
「は? あ、いや……え? ポーションが、十本もあるぞ?」
「はい。初級ですから?」
当然のように答えたあと、ふと不安が胸をよぎる。
「あれ? もしかして……中級をお求めでしたか?」
聞き間違えていたのだろうか。もしそうだったら、薬草を無駄にしてしまったかもしれない。血の気が引くのを感じながら、私はエドモンド様の表情を恐る恐るうかがった。
「違う違う。爺さん、たぶん一本くらいのつもりだったと思うぞ? いや、作りすぎ、という意味ではない。むしろ多い方が助かるんだがな。うーん、普通は一日に五本作れれば上出来だって聞いた気がするが……」
そう言って、エドモンド様は感心したように息を吐いた。
「すげえな、さすが宮廷薬師」
確かに……ノルマは一日五本だったわね。でも、私は頼まれていた分もあったから。いつも通りの数を作っていたことに、今さら気づく。
「とにかく休憩しよう。爺さんが、話をしたくてうずうずしているみたいだったぞ」
完成した薬瓶をエドモンド様が抱え、二人でアルバン様の待つ医療室へ向かった。
◇
「爺さん、見ろよ。さすが宮廷薬師だろ」
元気よく言われて、私は思わず視線を伏せる。少し、照れくさい。
「おお、もうできたのか……って、この数はいったい……」
アルバン様の言葉に、胸がきゅっと縮んだ。
あれ……?
エドモンド様は褒めてくださったけれど、医師であるアルバン様から見たら、この数では物足りなかったのだろうか。そんな不安が、また広がり始めた。
「爺さん、その言い方だとフローリアが勘違いするだろ。ほら、俯いちまったじゃないか」
「む……あ、ああ、すまん。そういう意味ではない。思っていたより“多い”という意味だ」
エドモンド様に言われ、アルバン様は慌てて言葉を改めた。
「フローリア、疑っているわけではないんだが……少し鑑定をしてもいいだろうか」
医師の中には鑑定資格を持つ者が多いと聞いている。私はその資格を持っていないからこそ、評価されることに緊張を覚えつつも、頷いた。
「ええ、もちろんです。ぜひ」
アルバン様はポーションを手に取り、瓶越しに色を確かめ、検査紙に一滴垂らす。その一挙一動を見守りながら、心の中で祈る。
どうか……アルバン様の求める水準に、届いていますように。
「……うむ。どれも問題ないな」
そう言うと、アルバン様は一本を手に取った。
「すまんが、一本、実際に飲ませてもらうぞ」
私が頷くのを確認し、アルバン様は躊躇なくそれを飲み干した。
「……ふむ」
一拍置いて、アルバン様の表情が変わる。
「おお……腰と膝の痛みが、ずいぶん楽になった。ははは、こりゃあすごい」
そして、私をまっすぐ見て言った。
「フローリア。これは“初級”ポーションじゃない。中級相当だ」
「……中級、ですか? いえ、そんなはずは……。手順も、使った薬草も、初級ポーションのものですから」
思わず否定すると、アルバン様は楽しそうに目を細めた。
「いやいや、優秀な薬師ほど、薬草の効能を最大限に引き出せるものだ。中級用の薬草を使わずとも、同等の効果にまで高めることができる」
そう言って、少し考えるように顎に手を当てる。
「……初級ポーションにもな、“出来”の差がある。初級のAランクとEランク、と言った方が分かりやすいかの」
首を傾げて聞いていたエドモンド様が、納得したように口を挟んだ。
「よく分からんが、材料をただ混ぜただけじゃ、パンは焼けない、みたいな感じか?」
その例えに、思わず笑みがこぼれる。
確かに、薬草もただ混ぜ合わせるだけでは意味がない。それぞれの特性を引き出し、調和させてこそ、良い薬になるのだから。
「まあ、中らずといえども遠からず、じゃな。エドモンドにしては上出来だ」
「一言多いんだよ、爺さんは」
二人のやり取りに、場の空気が和む。
「それにしても……この腕前の薬師を手放すとはな。宮廷薬師たちも、つくづく見る目がない」
アルバン様は軽く肩をすくめ、静かに頷いた。
お世辞だと分かっていても、その言葉の温かさにほっとする。
ここでなら、私はもう一度、薬師としてやり直せるわ。