最低シンデレラ〜元カレ公爵様の唯一らしい〜
 当日の昼は温泉に浸かっていた。午前の訓練でちょうどいい汗を流した頃合いだ。砦裏手の露天湯場。ここの温泉はアンシャル砦の数少ない福利厚生。近くの山から素焼きの筒で源泉を引いており、湯は熱すぎず、ぬるすぎず、適温である。辺境暮らしだからこそ愉しめる、唯一の贅沢と言ってよかった。

 振り仰ぐ。目の痛くなるような蒼穹。目を閉じる。(とび)が鋭く鳴いている。ひとときの平穏。何もかもを忘却の彼方にさておいた時間。

 五十歩の距離に人の気配。どんどんとこちらに近づいてくる。さては、ご本人登場か。期待に胸が膨らむ。

 目を開ける。おもむろに立ち上がる。ざばり、と湯音が鳴る。

「よう、幼年学校卒の新入り。確か名は、エミリー・ガルデニエ少尉だったかな? さあ、ようこそ、〈白鳥(シュヴァーン)〉の巣へ──」

 名は人を表すとよく言ったものだが、その姓にふさわしく、梔子色(ガルデニエ)の髪を短く切り揃えていた。そして憂いを帯びたようなヴァイオレットの瞳。小柄で痩せぎみ。くりくりとした瞳は小動物のようだが、どこか野生の本能のような光が宿る。生気のようなもの。

 彼女の視線が下りる、下りる。

 まず顔。それから胸、腹。

 そして、脚と脚の間。

 ふむ、カイにも彼女にも、見どころはあったらしい。

「エミリー・ガルデニエ少尉、本日付をもちまして、第五遊撃連隊〈白鳥(シュヴァーン)〉に着任いたします。何卒ご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願いいたします」

 カイは素直に感心していた。この娘、なかなかやる。あの獣道を涼しい顔で踏破したか。やはり見どころがある。及第点とはいえ、これからアンシャルで生き残るためには基礎点なのだ。

「よろしくな、ガルデニエ少尉」

 彼女にとっては、さぞかし最低の出会いだったことだろう。微笑む、というより、苦笑する。

 彼女は、可愛かった。兵士であることと可愛いことは両立できるらしい。

 公私混同、という不謹慎な単語が頭をちらつく。

 しかしまあ、人並みの倫理観は持っているつもりだ。つまり、そのときは、そのときだ。十八歳の成人まで待てばよいだけだ。彼女が求めてくれたら、そのとき初めて、応えよう。

 勝手に色々想像するのは気持ち悪いな、と自制心が働くが、それはまあ、なんというか、無理がある。

──主に、胸が。
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