エリート救命医と身代わり花嫁の再会愛。
俺は立ち上がった。
帰ればよかった。もう用は済んだ。証拠はコピーしたものだから捨てられても大丈夫だ。それに弁護士は動いている。麗の保護も進んでいる。
これ以上ここにいる理由はなかった。
でも、足が止まった。
はるちゃんの顔が、頭の中に浮かんだ。
初めてうちに来た夜、玄関に立っていたはるちゃんの顔。怖かったはずなのに、逃げなかった。
泣きそうな顔をしながら、まっすぐ立っていた。その後も何度も、この男に脅されるたびに、それでも折れなかった。父親のために、クリニックのために、スタッフのために——自分のことを後回しにして、ずっと立ち向かい続けていた。
その姿が、ずっと俺の中にある。
「ただ一つだけ、個人的に言わせてください」
俺は振り返った。湊生が顔を上げる。
「悠南は、あなたが思っているよりずっと強い人間です。あなたに何度脅されても、折れなかった。家族を守るために、自分を犠牲にして、それでも誰かを傷つけないようにしていた。泣きながらも、怖がりながらも、最後まで自分の足で立っていた」
声を、静かに保った。怒りを込めたくなかった。ただ、事実として言いたかった。
「——そういう人を、駒として使ったことを、後悔してください」
湊生は何も言わなかった。
俺はそれ以上何も言わず、ラウンジを出た。
外に出ると、秋の冷たい空気が顔に当たった。ビルの間から、薄い雲のかかった空が見える。スマホを取り出して、凛太郎にメッセージを送った。
『終わった』
すぐに返信が来た。
『お疲れ様です。こちらも麗さんの件、予定通り動いています』
画面を閉じて、少しの間、その場に立っていた。
終わった。本当に、終わった。
二年間。はるちゃんが消えたあの日から、ずっとここを目指して動いてきた。証拠を集めて、弁護士を動かして、後から凛太郎が加わって——その全部が、今日この瞬間に終わった。
怒りが消えたわけじゃない。でも今は、それよりも先に、早くはるちゃんのそばに帰りたいという気持ちの方が大きかった。
早く帰ろう……早く、はるちゃんに会いたい。
どうしようもなく会いたかった。