従姉の代わりに結婚したら、救急医(元カレ)の執愛に捕まりました。
式場の控室に移ると、私はラベンダー色のマーメイドラインのドレスに身を包まれていた。
麗が好む、派手で主張の強い色合いが、私のこの数日でケアされた肌を、皮肉なほど白く儚く引き立てている。
鏡の中に立っているのは、髪を無理やり染められた見知らぬ女だ。だって私は濃い化粧はしない。鏡に写っているのは濃い化粧で顔を塗り固められた誰かなのだ。 自分の顔が、まるで仮面のように感じられる。
息苦しさを堪えながら繊細な花の刺繍が施されたベールを顔が完全に隠れるまで深く深く下ろす。視界が白く霞むと同時に、私の心も出口のない濃い霧の中に閉じ込められたような気がした。
世界から切り離され、孤独と絶望だけが残る。
控室から出て教会の扉に立つ。
「麗がいなくなったことは、先方には一切伝えていない。当然、相手も花嫁が入れ替わっているなど、知らないままだ」
控室に現れた伯父の声は、感情を完全に排した氷のように冷たく響いた。
私の夫となるはずの彼さえも、この卑劣な茶番の真相を知らされていないという事実に胸が締め付けられる。
心臓が激しく跳ね上がり吐き気が込み上げてきたが、すぐに「やはりそうか」と、諦めに似た納得が胸に広がった。
伯父にとって、この結婚は家名と利権を守るための、ただの取引に過ぎないのだ。
人間の心や尊厳など、最初から考慮の外だった。
「もし麗が帰ってきたら、悠南は彼と離婚をしなさい。何か聞かれても、余計なことは一切喋るな。ただ、優しく微笑んでいろ。……もし、つまらぬ真実を口にすれば、実家のクリニックがどうなるか、分かっているな?」
耳元で囁かれる、低く湿った脅迫の言葉。伯父の息が首筋にかかり、ぞっとするような冷たさが肌を這う。その一言が、私の自由を奪い、愛する父とクリニックのスタッフたちを守るための唯一の重い鎖となる。
私は石像のように固く、ただ小さく頷くことしかできなかった。唇が震えて喉が渇ききっているのに声すら出せない。
チャペルの重厚な扉がゆっくりと開かれた瞬間、重低音のパイプオルガンの音が、心臓を直接揺さぶるように堂々と鳴り響いた。低く荘厳な旋律が、胸の奥まで震わせる。
伯父にエスコートされ、一歩一歩、死地へ向かうような重い足取りでバージンロードを歩き出した。
白いベールの向こう側に、一人の男性の広い背中が見えた。そのシルエットは、どこか懐かしく、痛いほど心臓を脈打たせた。
二年前の記憶が、頭の中に流れた。
あの温かな腕に抱きしめられ「はるちゃん」と優しく呼ばれた日々が蘇る。失われたはずの恋が、今も胸の奥で疼いている。
祭壇の前で、彼がゆっくりと振り返った。式は順調に進み、誓いのキスになる。
彼の大きな手によってベールが静かに、けれど確実に押し上げられた。