エリート救命医と身代わり花嫁の再会愛。



 付き合う前の救急外来で一緒に働いていた頃。
 忙しい当直明けの朝、廊下ですれ違いざまに小さい声で『お疲れ、悠南』とだけ言って通り過ぎていく横顔が好きだった。
 あの頃の航大くんは、近いようでいてだけど少し遠くで手が届きそうで届かない感じがして——それが気になってどうしようもないくらいに惹かれているのが少しあった。

 今はこんなに近くにいるのに、どこにも逃げ場がないくらい全部を包まれていて、それがどうしようもなく幸せで、少し怖かった。


「もう起きる? それとも、もう少しこのままでいる?」


 航大くんが私の耳元で静かに聞いた。


「……もう少し、このままで」


 声が小さくなった。彼は何も言わずに、ただ少し強く抱きしめてくれた。それだけで十分だった。

 しばらくして、航大くんはゆっくりと体を起こした。私の額に最後のキスを一つ落として立ち上がる。


「朝ごはん、俺が作るよ。今日は特別に、はるちゃんの好きなふわふわオムレツと、甘いミルクティーにするね」

「え……航大くん、苦手なのに……?」

「はるちゃんが教えてくれた手順、ちゃんと覚えてるよ。失敗しても、君が笑って直してくれるなら、それも楽しい。君の隣で、失敗しながら上達していくのも、俺にとっては幸せなんだ」

 キッチンへ向かう背中を見送りながら、私は頬が熱くなるのを感じた。包丁を持つ手も、鍋を扱う手もいつもの器用さからかけ離れており、不慣れで一生懸命な手。

 玉子を割る時に少しよろけて、慌てて体勢を整えているのが横から見えた。そのギャップが、胸の奥がじんわりとあったかくなる。

 パチパチと玉子が焼ける音。かすかに漂うバターの香り……カップに注がれるお茶の音。

 その一つ一つが、信じられないくらい日常的だが私はずっと焦げないか心配だったけど……その心配が、信じられないくらい幸せを感じた。




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