雨音が響く星空の下で
私はこの名前が好きではない。



あの日は雨が降っていた。


少し暗くなるのが早くなってきた秋から冬にかけての時期だった。
雨の匂いも雨の音も、雨の形1粒1粒を鮮明に覚えている。


今でも雨が降ると当時の記憶がフラッシュバックするのに皮肉にも私の名前は時雨。


返事をしない私を見た先生は分からなかったのだと解釈したのか改めて答えを問うことはせず、時雨の意味を黒板に書き始めた。


「時雨とは、秋から冬にかけて降る、降ったり止んだりする雨のことを言います。美しい紅葉が時雨によって散っていく様子から“切なさ”や“悲しみ”を表す季語として使われることもありました。例えば____」




[時雨の雨 間無くな降りそ 紅ににほへる山の散らまく惜しも]



黒板に書かれたひとつの和歌。これは万葉集に収められた歌らしい。


意味は【時雨の雨よ、絶え間なく降らないでくれ。真っ赤に色づいた山の紅葉が散るのが惜しいんだ。】



目に入ったその文字は自然と私の視線を外へ動かす。

いつの間にか走り終えた様子の春のモミジは多くの花に囲まれて次の競技へと移動していた。

私の視線の先の人は本当の紅葉同様、多くの人の目と心を惹きつけるのが上手らしい。



それとは逆に友達も少ない、家族とも関係が良くない私は時雨同様、降ることを嫌がられる存在。


だから私には心から心を許している人はいないんだ。


そんなどこか強制力のあることを誰かに言える自信も勇気も、ひとたび先生に指名されるだけで返答が出来なくなるような私の中にはない。



便覧の万葉集のページを開くと運良くこの歌が記載されていた。この歌の作者は不明だそうだけど、仏教の儀式内で大勢が唱和したものだそうだ。


そんな大切な儀式で儚く寂しい詩を読むなんて。

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