まずは結婚してからだ
「そういえば、さっき電話で電車で帰るって言ってなかった?」

 匠が思い出したように口を開いた。

「沢野に声をかけようとしたら、ちょうど耳に入ってきたんだ」

「そうなんです」

 花梨はうなずいた。

「この後弟と食事をして家まで車で送ってもらう予定だったんですけど、渋滞に巻き込まれたらしくて。結局今日は会えなくなったんです」

「そうか、弟……」

「先輩?」

 不意に考え込んだ匠に、花梨は首をかしげた。

「ああ、なんでもない。それより残念だな、弟さんに会えなくて」

 花梨がよほど寂しそうに見えたのか、匠は明るくそう言って笑顔を見せる。

「残念ですけど、そのうち会えると思うので大丈夫です」

 匠に気を遣わせてしまって申し訳ない。
 花梨も意識して朗らかに答えた。

「それに、彼女と一緒のところにお邪魔するのは気が引けるし、ちょうどよかったかもしれません。私はのんびり電車で帰ります」

 結花とは仲よくしているが、だからといって気を遣わないわけじゃない。

 勉強やバイトで忙しいふたりの大切な時間に割って入らなくてよかったと、今になって気づく。

「家はここから近いのか?」

「まさか」

 こんな都内の一等地周辺で、暮らせるわけがない。

「電車だと一時間半くらいで帰れます」

「一時間半……」

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